4、なぜ洋子は条件付けしてしまったのか?
催眠状態に入って最初に思い出した記憶は中学生の夏休みだった。
洋子は、タンクトップにホットパンツという肌の露出した姿でキッチンにいた。
中学生にしては異常に大きい胸が悩みのタネだった。その胸に父の視線が・・・。
その記憶が湧いてきた瞬間、恐怖と緊張が走った。
「怖い! 怖い! 嫌だ! 嫌だ!」
洋子は身をよじって恐怖に耐えた。
キッチンには洋子と父の2人だけだった。
母は夜遅くまで飲み歩いている。
酒好きの母は、行きつけの店が何軒もあり、常連たちに誘われると深夜までハシゴして帰ってくる。
保険の外交をしていて「自分の稼いだ金で遊ぶんだから文句はないだろ!」と父に言っているのを耳にしたことがある。
父は真面目なサラリーマンだった。頭の薄くなった小柄な40代男だった。
夜の10時。父は仕事から帰ってきて、ピーマンと人参と豚肉の炒め物を作りビールを飲んでいた。
洋子は父と目線を合わせないようにしてキッチンに入る。
「墨の絵ベーカリーのパンもありますよ。ハード系のパン、好きでしょ?」
父が言い、フライパンの炒め物を皿によそってテーブルに置いた。洋子のぶんも作っておいたから食べろということだ。
「ああ」
洋子は素気なく言い、キッチンテーブルの父と対面に座った。
ちょうどお腹もすいていたし、自分で料理などできなかったので父が帰ってくるのをどこかで待っていたのかもしれない。
「塩豆腐を作っておきましたから、それも食べましょう」
父は、冷蔵庫から塩で堅くなった豆腐を取り出し、半分に切って2つの皿にわけ、花かつおをかけ、チューブから生ショウガをひねり出してテーブルに並べた。醤油を洋子の前に置く。先に使いなさいという合図だ。
洋子は醤油を豆腐にかけながら
「そろそろ、その敬語、やめてくれない?」
と言った。
「そうですかぁ」
父は飲み干した缶ビールを握りつぶしてゴミ箱に捨てた。
父が怒ったのかもしれないと思い洋子は身構えた。
「じゃあ、私からも・・・そろそろ・・・」
と父はいいかけてやめた。
なに? 何が言いたいの? 途中でやめないでよ!
父が、何を言おうとしてやめたのか、気になったが質問できなかった。
洋子は、豚肉の炒め物と塩豆腐を黙々とかき込んだ。父の視線が気になった。
こちらを見ている。
たぶん、たわわに実った乳房の揺れを見ているのだろう。
まだ、青いうちにもぎ取って食べるのを好む男たちがいる。
父は、そのたぐいの男かもしれない。
ああ、気持ち悪い! と思った。
「何?」
最大級の侮蔑を込めた視線を投げつけて洋子が言った。
洋子の視線とぶつからないように父はとっさに視線を落とした。
「そろそろ、お父さんと呼んでもらえせんか?」
父が下を向いたままポツリと言った。
この男は3人目の父だ。
洋食屋で「タンシチュー」を食べたのが、この父だった。
3人の父のうち、一番長く一緒に暮らした男だ。
洋子の実父は、母の最初の夫で、仕事もせず母に売春をさせていたという。
洋子が3歳のときに離婚したので顔も覚えていない。
洋子は黙々と食べた。塩豆腐を胃袋に流し込んだ。
父の視線を感じた。
まだ見ている。いやらしい目で見ている。
何も言わずに立ち上がり、自分の部屋へと逃げ込んだ。
ただ、それだけのことだった。
このときのことを思い出すと洋子の体は硬直し恐怖と緊張が全身を走る。
それは、なぜか? この記憶の意味することは何か?
これが洋子のトラウマになったというのか?
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そもそもトラウマとは、犬が橋のたもとで事故にあってケガをするようなものだ。
以後、犬は橋に近づくと緊張しておびえ、橋を渡ろうとしない。
つまり、条件反射だ。
洋子が男に近づくと身構えて緊張してしまうのも条件反射。
この父の視線が洋子に条件付けしてしまったのかもしれない。
本能や魂レベルでは男を求めているのだろうが、どうしても男の前にいくと毛嫌いしてしまい対立する。
喧嘩ごしの物言いになる。
考えてそうするのではなく無意識のうちに体が硬直し視線が鋭くなり、つい批判めいた言葉が出てくるのだ。
まさに条件反射。
トラウマは、こうした条件反射を生み出し、のちの人生に大きく影響を与える。
しかし、いくらケガをしても、平気で橋を渡る犬もいる。
事故でケガをしたことを条件反射にしない犬もいるのだ。
もちろん、人間でも同じ。
野蛮な男にレイプされても「犯人は私の体を犯したかもしれないけど、私の魂までは犯すことはできなかった」と言って、その後、男性恐怖症になることもなく、素晴らしい結婚を勝ち取った女性もいる。
その違いはどこにあるのだろう?
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2つめの記憶は、幼稚園児のときだった。
若々しくて性的魅力にあふれた母がニコニコ笑っていた。
母は男の腕に寄りかかっている。
男は高身長で精悍な顔つきだった。ハンサムだった。
「洋子ちゃん、可愛いね」
と男が言って、男は洋子のほっぺを触った。
洋子はそれが気持ち悪くて緊張が走った。視線が鋭くなっていたかもしれない。
「けっ、こいつ、オレのこと睨んでやがる」
「洋子、新しいお父ちゃんだよ。挨拶しなさい」
母が洋子の肩を両手で抑え、男に向かせて、頭を下げさせる。あきらかに、母は怒っている。
洋子は恥ずかしくて下を向いたままだった。
「・・・」
洋子は怖くて何も言えなかった。
「可愛げのないガキだな」
男が吐き捨てる。
「挨拶しなさい!」
母が洋子の小さな手をつねる。
痛い!
洋子は顔をゆがめて痛みに耐えた。
「こんな子、産むんじゃなかったよ!」
母は怒りを爆発させ洋子の頬を殴った。
洋子はフローリングの床に倒れ、膝をすりむいた。
痛くて、痛くて、涙がポロポロと流れ落ちた。
その後、洋子は祖父母と暮らすことになった。
大人になるにつれ、この記憶はすっかり忘れていた。
思い出さないように封印していたのかもしれない。
あまりにもツライ経験だから。
催眠状態になると、こうした記憶が蘇ってくる。
思い出しても危険性のない記憶を選んで潜在意識がイメージのスクリーンに映し出す。
大人になった洋子なら克服できる記憶だ。
人間には自然治癒力がある。
その力が、心の傷を癒すために思い出させる。
洋子は「私は誰からも愛されていなかったんだ」と思った。
親に愛されずに育った人には次の14の特徴がある。
洋子は、以前、インターネットでこれを調べてみて、すべて当たっていると思った。
(1)何が正しいのかを常に気にする。
(2)物事を最初から最後までやり抜くことが困難。
(3)本当のことを言った方が楽な時でも嘘をつく。
(4)情け容赦なく自分を批判する。
(5)楽しむことが出来ない。
(6)真面目すぎる。
(7)親密な関係を持つことが難しい。
(8)自分のコントロールが出来ないと思われる事態に過剰に反応する。
(9)他人からの肯定を常に求める。
(10)他人と自分は違うと常に考えている。
(11)常に責任を取りすぎるか、取らなさすぎるかのどちらかである。
(12)過剰に忠実になる。
(13)無価値なものでもこだわり続ける。
(14)衝動的である。
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