「足踏み」
ハマサン
オフィスの窓から薄暗い光が差し込んでくる朝だった。二人はデスクから少し離れた窓際のフリースペースに向かった。
6月の梅雨らしいジメジメした天気だった。
週の真ん中、水曜日だからだろうか、就業開始直後だというのに人々の顔も心なし沈んで見えた。
桜井課長は無造作に書類をつかんでいた。それは朝一番に部長から課長へ手渡された書類だった。小川はそれが何か知っていた。何故なら、部長が「今年試験に通らない奴は、暑い所か寒い所へトバス!」と言いながら渡していたからだ。
部長は部下の気持ち、いや、人の気持ちを察することが出来ない人らしい。
そんな心ない言葉を聞いた直後に、小川は桜井課長から呼ばれたのだ。
「小川さん、おはようございます。ちょっと向こういいかな」
「おはようございます。わかりました」
「昇格試験の申し込みがきてるんだ。受ける?」
「・・・」
小川は苦笑いをした。
「受け、ないの」
「はい、折角ですが・・・」
「なんで受けないんだ、なんで」
課長の眉間に皺が寄った。
「書くネタ思いつきそうにないんです」
「ネタって何のこと」
「語れるような書くべきことです」
「毎日取り組みしてるじゃない、それを書けばいいんじゃない」
「書けません。作業しているだけだから」
小川は本音を言ったつもりだった。
「作業だなんて言うなら今よりポジション下がるよ」
課長の語気が荒くなった。
「ええっ、今より給料下がるんですか。今でも安くてやる気しないのに。」
売り言葉に買い言葉の小川だった。
「そんなこと言うなら、君と同じポジションでも、もっとやる気のある人を応援したくなるな。あ~あ、残念だな」
デスクに向かう人たちが、仕事をするふりをしてじっと聞いているのを感じた。
(そんなこと言うなら、私じゃなくって、あなたが応援したい人に仕事をまわせばいいんじゃないですかぁ)
その最後の言葉だけはなんとか飲み込んだ。
本当は、今年こそは試験がんばれと言って欲しかった。
本音は助けて欲しかったのだ。
しかし、6月のジメジメした雨は、心まで曇らせてしまうのかも知れない。
水溜まりを避けることも出来ず、またぐことも出来ずに足踏みするかのような一日の始まりだった。
(了)