貧乏探偵/土毛智小五郎の叡知
日高健一郎
A氏は夜中に目を覚ました。
寝室のドアが開く音が聞こえたような気がしたからだ。
目をやると寝る前に閉めたはずのドアが半開きになっている。
おかしいと思いつつA氏はドアを閉めるために体を起こした。
ベッドから降り、ドアへ向かって歩く。
その時、鋭い衝撃を背中に感じた。
A氏は振り返った。
見慣れた顔がちらりと見えた。
彼を捕まえようとしたが、体が思うように動かない。
流れ出る血を見て、A氏は自分が刺されたことと、もうじき死ぬことを悟った。
彼の目に『便秘を治す方法』という本が映った。
どんどん意識が薄れてゆくがなんとか本棚まで這っていく。
彼は犯人を示すために『便秘を治す方法』をしっかりと握りしめ、息絶えた。
「まあ、そういうことなんですよ」と村中警部は言った。
「容疑者は二人です。A氏が務めていた図書館の館長B氏と同僚のC氏です。どちらもA氏に多額の借金がありました。土毛智さん、どう思います?」
「君はどう思う?」
警部の質問には答えずに、ドケチは私の意見を求めた。
「うーん、そうだなぁ。『便秘を治す方法』がダイイングメッセージだというのは間違いないと思うな」
「うん」
「だから、二人のうち便秘に悩んでいる方が犯人なんじゃないかな」と私は自分の意見を述べた。
「そこなんですが、我々の聞き込みではB館長もC氏も便秘じゃないようなんです」と村中警部は言った。
「それどころか二人とも下痢体質なんですよ」
「そうすると犯人は別の誰かじゃない?」と私。
「例えば、A氏の奥さんとか。女性で便秘に悩んでいる人は多いから」
「A氏の妻はたまたま実家に帰ってました。完璧なアリバイがあります。間違いなくシロです」
「そうか……」
私は落胆した。そして、ドケチに意見を求めた。
「ドケチくん、どう思う?」
「そうだねえ……」とドケチは軽く微笑みながら目を閉じた。
「犯人はB館長じゃないかな」
彼は立ち上がり、村中警部の耳元で何かを囁いた。
「わかりました。その線で進めてみます」と警部は答え、部屋から出て行った。
「なぜB館長が犯人だと思うんだい?」と私は聞いた。
「まあ、それは事件が解決してからでいいじゃないか」
ドケチは私の質問には答えなかった。
数日後、私がドケチと一緒に私の自宅で食事をしていると、村中警部から電話があった。
警部によるとやはり犯人はB館長であったという。
そして彼はドケチに相談料の十万円は既に振り込んだと伝え、丁寧に礼を言って電話を切った。
「十万円か。ありがたいね。これでバイトしなくて一ヶ月ほど犯罪研究に打ち込めそうだよ」
と彼は言った。
「お金は必要なだけあればいい。持ち過ぎると犯罪を呼び寄せる。今の日本なら年収百万程度で十分だよ」
「それにしても、どうしてB館長が犯人だと分かったんだい?」
「簡単さ。便秘といえば浣腸だろ? 館長であるBが犯人だとすぐに分かったよ」
(了)
のりっちょ (水曜日, 23 9月 2015 14:25)
参りました(笑)
それに、一文一文が軽快でわかりやすく、とても楽しく読ませていただきました。
桑山元 (水曜日, 16 9月 2015 20:47)
「A」
あ、そっち!?
単純ですが推理できませんでした。
悔しぃ〜〜〜!!!
鈴木康之 (月曜日, 14 9月 2015 22:58)
オチがダジャレというのが、斬新でした。
リンカ (月曜日, 14 9月 2015 15:48)
A
駄洒落のネーミングとオチってのもあるんですね〜。勉強になりました。
さや☆えんどう (月曜日, 14 9月 2015 15:15)
座布団一枚ッ!