『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』
(村上春樹)
発売されて、
わずか7日間で100万部を突破したという、
ベストセラー本である。
主人公の多崎つくるは、
大学生のころ、
死ぬことばかり考えていた、
という回想からはじまる。
死にたいと思った理由は、
高校時代に仲の良かった4人から、
突然、絶交されたからだ。
「もうお前とは顔を合わせたくないし、
口も聞きたくない」
と告げられたのだ。
つくるには思い当たるふしはまったくなかったし、
絶交されるほどひどい性格だったわけでもない。
むしろ、
つくるは誰からも愛されるような、
やさしくて聡明な若者だった。
つくるは、
なぜ4人から絶交されなければならなかったのか?
その理由を知るために、
大人になったつくるが、
4人に会いにいくというお話だ。
青海悦夫(男)はレクサスのディーラーでセールスマンをしている。
赤松慶(男)は、起業して成功している。
自己啓発セミナーと企業研修センターを合体させたようなビジネスをしている。
黒埜恵理(女)は、フィンランド人と結婚し、フィンランドに住んでいる。
そして、
白根柚木(女)は、すでに死んでいた。
レイプされたうえに惨殺されたのだ。
5人は完ぺきなグループだった。
ボランティア活動がきっかけでで集まったグループである。
ボランティア活動は高校の課題だったのだが、
それが終わったあとも、
5人はその活動を高校を卒業するまで続けた。
5人とも「中の上」クラスの家庭で育った、
生活レベルの似た者同士だった。
この完ぺきともいえるグループ、
この小さなコミュニティが、
どのようにして崩壊していったかが、
次第に明かされていく。
そのプロセスは、
ぜひ本書を読んでほしい。
町や村というコミュニティが崩壊し、
家族というコミュニティも機能しなくなっている。
怠惰で横着でワガママな現代人は、
コミュニティという面倒なものを嫌う。
家族というコミュニティに入ってしまうと、
掃除や洗濯や料理などの家事が分担されるだろうし、
父親や母親らとの確執も生まれてくる。
わずらわしい思いがつのるのだ。
しかし、
人間は、ひとりで生きていくことはできない。
なんらかのグループなり、コミュニティに属して生きていくしかないのである。
インターネットの世界では、
さまざまなコミュニティがある。
SNSで作られたサークルや、
友だちなどだ。
現代人はそこに自分の居場所を見つけるようになった。
しかし、
そこにあるコミュニティは脆弱なもので、
何かあるとすぐに崩壊していくものでしかない。
簡単に壊れるのだ。
本書のなかの4人がつくるを追放したように、
ある日突然。
ただ、本書は、そんなコミュニティの脆弱さに警鐘を鳴らすものでもなければ、
コミュニティ崩壊の原因となった白根の死を分析するものでもない。
現代社会に悩み苦しむ若者たちに、
寄り添い、同苦しようとするもののように感じさせる。
読後、さまざまな謎が残ったままになる。
その謎を、読んだ人たちが考え、話し合い、
現代社会のなかで苦しむ人たちに
寄り添う方法を模索してほしいと、
作者が呼びかけているように思えてならない。
(高橋フミアキ)