火遊び

火遊び


 渡邉勝




「真弓、健太、行ってきます」


「剛、いってらっしゃい。気をつけてね」


「パパ、いってらっしゃい」

私は、妻と息子の声に見送られて仕事に向かう。


4月にしては、暖かい朝で陽ざしには初夏を感じる。


私の仕事は運転手、4tトラックを使い様々な荷物を運んでいる。

今日は、大井埠頭の倉庫から千葉の船橋にある会社へ荷物を運ぶ。


10時過ぎに荷物を積み終わり、湾岸線を走って船橋へ向かう。


葛西を走っていると、ガラガラと積み荷が崩れる音がした。


「おや、箱が落ちたかな」

私は、ハザードランプを点けてトラックを左の路肩へ止めた。


ドアを開けると心地よい海風が私の顔を優しくなでた。


「天気もいいし、気持ちいい風だな」


トラックの後ろへ回り、扉を開けようとした時、物凄い衝撃を感じて記憶が無くなった。


  *

  *


私は、いつの間にか寝てしまったみたいだ。船橋へ荷物を届けないと...


「パパ、パパ...ママ!パパが動いたよ」

あれ、健太の声が聞こえる。どうして健太がいるんだ。この臭いはなんだ、嫌な臭いがする。


私は、目を開けた。目の前に健太と真弓がいる。


「あれ、2人ともどうしたの?」

と言うのと同時に自分の体の異常に気が付いた。


「パパ、大丈夫?痛くないの?」

私は、自分の体を見た。左手と左足は白いギブスで固定され、腰もコルセットで動かない。


右手だけは動くが動かすと神経に痛みが走った。


「何があったんだ」

今にも泣きそうな顔の真弓に尋ねた。


「交通事故よ。あなたのトラックに別のトラックがぶつかったの」


「そうだったのか」


「あなたにもしもの事があったら、健太と私はどうやって生きていけばいいかわからないわ」


「ごめんね。心配かけて。いつ退院できるか聞いた?」


「8月頃って言ってたわ」


  *

  *


昨日梅雨が明けたようだ。


今日は一気に夏が来たような天気で病室の無機質な白いカーテンがさらに白く眩しい。


あと1週間で退院できる。3か月は長かったが絵里との関係で退屈しなかった。


  *

  *


最初は驚いた。


風呂に入れないから、看護師が体を拭いてくれる。


「田中さん、体を拭きますね」


絵里は、制服の上からでも判る色気のある体をしていた。


引き締まったふくらはぎから足首のラインは、今まで見たことのない理想的な美しい脚だった。


絵里が私の太ももを拭いている。


小池栄子似の横顔を見ていた。

少し開いた唇がいやらしく見えた。

すると、自然に私のあれが反応した。


次第に大きくなっていく、もう止められない。

絵里がそれに気づいてから私を見た。



その瞳は、潤んでいる様に見え視線が少し泳いでいるようだった。


真弓の顔が浮かんだ。「ごめん」


絵里は、柔らかな白い手でパンツの上から私自身に触れた。

ビクンと力強く反応した私自身をゆっくりと上下にさする。


さらに大きくなると、今度は手のひらと指で揉み始めた。


パンツがきつくなるほど元気になると、絵里の両手がパンツにかかる。私は、腰を浮かせる。


太もものあたりまで、パンツを下げると右手で根本を握りしめ、薄いピンク色した唇でキスをした。


そのまま唇が開き固くなった私を飲みこんでいく...


  *

  *


退院して1週間が過ぎた、松葉杖なしでも歩けるが左の膝は完全に曲がらないので運転手は無理だ。


仕事を探さなければならない。

昨日、友人に電話してみたがそいつもアルバイト生活で俺の話を聞いた後に


「大変だったな。仕事なら俺が紹介して欲しいくらいだよ。今、アルバイトで月に9万円のサバイバル生活だよ」

と言っていた。


  *

  *


「剛、この写真は何なの?」

真弓が見せた写真を見た。

それは、病室での俺と絵里の写真だった。


誰がいつ撮ったんだ。

写真を見て俺は、息が苦しくなってくるのが分った。


どうしたらいいんだ。

深呼吸をしろ。


落ち着け、落ち着くんだ...ダメだ。


真弓が何か言っているが、良く聞こえない。


もっとゆっくり深呼吸だ。

焦るだけで上手くできない。

足の感覚も無くなってきて立っていることができない...


真弓の顔がぼやけて見える...


  *

  *


「パパ、パパ、どうしたの。大丈夫」


「あっ、ごめんよ。大丈夫だよ。よし健太、思い切り投げろ」


「うん、いくよ」


近所の公園で健太とキャッチボールをしながら、考え事をしていた。


真弓とは離婚する事になった。

俺は、何も反論できず了解するしかなかった。


直ぐに出ていって欲しいと言われたが、夏休みが終わるまでにしてもらった。


健太とも会えなくなるかもしれない。今日で夏休みが終わりだ。


「健太、パパと約束して欲しい事があるんだ」


「なに」


「パパの事を忘れないで欲しいんだ。覚えておいて欲しいんだ」


「なんで、パパいつもいるじゃん」


「そうだけど、もし、パパが居なくなっても忘れないで、覚えていて欲しいんだ」


「うん、忘れないよ」


「本当に、忘れないでくれよ。パパは、健太の事を絶対に忘れないからな」


「うん。大丈夫。忘れないよ」


  *

  *


「もしもし、真弓、良かったじゃない。明日、剛君出ていくんでしょ」


「上手く行ったわ。絵里のおかげよ。ありがとう」


「どういたしまして。私だって楽しませてもらったんだから...」



(了)

コメント: 6
  • #6

    ひろと (金曜日, 25 9月 2015 15:25)

    わかりやすいストーリー
    読みやすかった
    誘惑に負けてしまう弱さも、先の展開を読めない男の危うさも有りがちで、身近に感じられる作品
    別れさせ屋的な話で、実際にこういう事が世間にあふれていそうで怖さを感じた
    火遊びのリスクの高さと慎重さの重要性が身にしみる

    一人称が「私」から「俺」になった意図がわからなかった

  • #5

    のりっちょ (水曜日, 23 9月 2015 14:10)

    一体どこからが企みだったのか。真弓は事故を利用しただけなのか?
    果たして、偶然絵里の病院へ入院できるものだろうか?それとも・・・なんて考えて、思わず何度も読み返してしまいました。いくつもの裏ストーリーも妄想させてくれ、文字数以上に楽しませていただきました。

  • #4

    みか (水曜日, 23 9月 2015 09:47)

    すごい!面白かったです。
    そんな真弓さんは別れた方が正解!
    でも、絵里さん、真弓さんのしたたかさも好感が持てました。

  • #3

    桑山元 (水曜日, 16 9月 2015 20:59)

    「A」
    王道の星新一的なショートショートといった印象です。
    スマートで無駄がなく洗練されていると思いました。

  • #2

    鈴木康之 (月曜日, 07 9月 2015 21:20)

    何か現実にありそうで怖いなあって感じです。

  • #1

    リンカ (月曜日, 07 9月 2015 13:29)

    A
    まさかの大どんでん返し。女はコワし!ですね。保険金がっちりもらって、働けなくなった旦那とはさよならって感じなのでしょうか。
    テンポが良くて、情景描写、心理描写スッキリしていて読みやすかったです。