母という病

『母という病』(岡田尊司)


母親との関係に苦しんでいる人が急増しています。

母親との関係は、

単純に母親ひとりとの関係におわりません。


その他のすべての対人関係や恋愛、子育て、

うつや依存症などの精神的な問題の要因となります。



そうした病のことを、

本書では「母という病」と呼んでいるようです。



たとえば、ジョン・レノンの事例が紹介されています。


ジョンの母親のジュリアは恵まれた中流家庭に育ちましたが、

末っ子で甘やかされたせいもあって、

堅実な姉とは対照的に自由奔放な性格の女性でした。


ジョンの父親アルフレッドも問題の多い男性でした。

アルフレッドは9歳のとき親がなくなったため孤児院で育ちます。


のちに客船で客室乗務員として働きますが、

浮気性で無計画であまり品行方正とはいえませんでした。


ジュリアは周囲の反対を押し切ってアルフレッドと結婚します。


ジョンが生まれても夫のアルフレッドはめったに家に帰ってきません。

休みが不規則なうえに

たまに陸にあがっても金がなくなるまで遊び歩くというありさまです。


ジュリアのほうもおとなしく夫の帰りを待つようなタイプではありません。


若い陸軍将校と浮気し、

子どもを身ごもってしまいます。


妊娠がわかったときには、

将校は次の勤務地に旅立ったあとでした。


そのときジョンは4歳です。

ノルウェーに養子にだされていました。


さらにジュリアは、

ホテルのウエイターと交際しはじめます。


そして、その男と一緒に暮らしました。


こうした家庭環境のなかでジョンは、

情緒不安定なところがみられるようになります。


ジュリアの姉のミミが

ジョンの状況をみかねて、

ジョンを引き取るのです。


ところが、

父親のアルフレッドが今さらながらにやってきて、

息子を取り戻そうとします。


幼いジョンにとっては、

胸を引き裂かれそうなゴタゴタの中心に放り込まれるのです。


結局、ミミ夫妻がジョンを育てることになったのですが、

ジョンが受けた心の傷跡は長く消えませんでした。



ミミはジョンを厳しく躾ます。

悪いことは口やかましくうるさく言い聞かせました。


ところが、

ジョンはあまり勉強熱心ではありません。

難関校に進学しますが、

美術や音楽にのめり込んでいきます。


グラマースクールに進んだころから、

ジョンは母親のジュリアと再び接近します。



毎週のように母親と会ううちに、

生活態度や学校の成績も変わっていきました。


教師に反抗的になり成績は急降下。


煙草を吸い、万引きをし、

酒も飲むようになりました。


道徳と秩序にしばられた伯母ミミの生き方よりも、

自由奔放な母親ジュリアの生き方に惹かれていくのです。


母親はバンジョーを引き、

音楽への関心を共有することができました。



16歳のジョンはエルビス・プレスリーに出会い、

ロックンロールのとりこになります。


ミミに内緒で、

母親ジュリアの家でギターの練習をしました。


音楽を通じて母親との関係が深まりかけた矢先に、

母親ジュリアは交通事故で亡くなります。


ジョンは母親との絆を取り戻すチャンスを永久に失ったのです。


残されたのは音楽への思いだけでした。


「それは、失われた母親との絆に近づく唯一の道だったにちがいない」


と著者は語ります。


もしジョン・レノンが音楽で成功していなかったら、

酒浸りの敗残者の人生を送っていただろうと、


多くの関係者が語っています。


「母という病」に振り回された人にとっては、

それがありがちな人生なのです。



ジョン・レノンの音楽や精神は、

彼が幼い頃から味わってきた悲しさや心細さ、


理不尽なことへの怒りといったものと

切っても切れない関係にありました。


その体験がなかったら彼の音楽も生まれなかったでしょう。



幼少期に親たちの都合に振り回されて、

心の傷を負ったとしても、


その後の人生は自分で選択できるんです。


ジョンが音楽に活路を見出したように、

苦悩をすべてガソリンにして燃やし、

強力な推進力にしていくことができます。



さあ、あなたの人生、どちらを選びますか?


(高橋フミアキ)