『母という病』(岡田尊司)
本書に、
2度のアカデミー賞主演女優賞に輝いた女優の、
ジェーン・フォンダの話が載っています。
涙なしには読めませんでした。
ジェーンがいかに苦しみ、
そして、その苦しみといかに戦ったのか、
それがビビッドに伝わってきます。
ジェーン・フォンダは、
母という病を抱え、
摂食障害やうつに苦しみ、
それを50歳までかかって克服した人です。
彼女を苦しめたのは、
自分を愛してくれないまま亡くなってしまった、
母親への傷ついた思いでした。
母親は彼女が12歳のときに自殺しました。
「母の死の知らせを聞いたとき、
どうしても涙がでなかった」
と彼女は言っています。
祖母に面倒をみてもらっていた彼女は、
何が起きたのか、
さっぱり理解できませんでした。
彼女が母親との関係に違和感を持ったのは、
4つのときです。
4つのとき弟が生まれました。
そのとき、
ジェーンは
自分が母親の眼中にないことをはっきりと感じるようになります。
母親に甘えることができず、
母親から体を触られることさえ拒否するような女の子になってしまいました。
それは母親を求める裏返しのサインだったのです。
一方、母親の関心はますます娘から離れていきます。
娘とはあまり口をきかなくなっていきました。
見捨てられたジェーンは、
「良い子」を演じ、
周囲に認めてもらうことで、
バランスを取ろうとします。
本心を抑え、
傷ついても何も感じない子どもになっていったのです。
実は、
ジェーンの母親も傷ついた心を持っていました。
不幸な結婚生活と産後うつがかかわっていたのです。
有名俳優の父親(ヘンリー・フォンダ)は留守がちで、
浮気もしょっちゅうでした。
産後の不調が続いたうえに、
腎下垂の手術を受け、
美しかった体は見るも無残な手術痕がついてしまったのです。
父親が母親に離婚を切り出したのは、
そんな最悪の状態のときでした。
そして、ジェーンの両親は離婚します。
母親は身体の傷跡をジェーンに見せて、
同情を乞うように嘆いたといいます。
母親は変形した乳房まで見せたといいます。
それは豊胸手術の失敗によるものでした。
まだ小学校へもいっていない幼いジェーンは、
母親を気の毒に思う一方で、
「こんな人がママだなんてイヤだ」
と思ったといいます。
「元気で綺麗なママならいいのに。
そうすればパパだって家にいてくれるはずだ。
みんなママのせいなんだ」
傷ついた思いは、
母親の傷跡を憎む気持ちに転嫁されていきました。
完璧な外見をもつ女性でなければ、
ということだわりが、
ジェーンのなかで生まれたのはこの瞬間でした。
母親の精神はしだいに病んでいきます。
めそめそ泣いているかと思うと、
ナイトガウン姿で近所を徘徊したりしました。
躁うつ病の症状がはっきりと出てくるようになり、
不安定な言動や行状がみられるようになります。
そんな母親に対して、
ジェーンは
まるで物に対するように、
見て見ぬふりをしました。
そうするしか、
傷つかないでいられる方法がなかったのです。
母親は療養所に入院します。
ジェーンが12歳のとき、
看護師に付き添われて、
一時帰宅を許されて、
家に姿をあらわしたことがありました。
そのとき、
ジェーンは母親と会うことを拒んだのです。
喜び勇んで会いにいこうとする弟を、
行かせまいとさえしました。
弟は姉の手を振り切って、
駆け下りていきましたが、
ジェーンは決して母親に会おうとしなかったのです。
この反応は、
「抵抗/両価型」と呼ばれる
不安定な愛着の子どもにみられる典型的なものでした。
母親を求めているがゆえに、
自分を見捨てた母親に対する怒りが抑えきれず、
母親を自分から拒否してしまうのです。
かたくなに母親をこばみながらも、
心の底では
母親が自分のそばにやってきて、
彼女を抱きしめ、
ごめんなさいと謝ってほしかったにちがいありません。
結局、母親は、無理にジェーンに会おうとはしませんでした。
あとから考えれば、
最後に一目子どもの顔を見にきたのでしょう。
それから間もなく、
母親は6通の遺書をしたため、
カミソリで喉を掻き切って命を絶ちました。
それからずっと、
ジェーンは母親のことを考えないようにします。
ぽっかり空いた空虚感や正体不明の罪悪感に苦しめられるようになっても、
それが母親との関係に由来しているとは考えもしませんでした。
最初の異変は過食でした。
さらに、
ときどき深いうつの発作が彼女を苦しめるようになります。
女優として成功し、
素晴らしいパートナーと出会い、
完璧な幸福を手に入れても、
その問題は解決しませんでした。
心の底にある虚しさや偽りの感覚は、
むしろ強まるばかりでした。
反戦運動や社会的活動によっても、
それは拭えません。
それどころか、
子どもを育てようとしたとき、
ジェーンは、
自分の子どもを愛せない自分に出くわすことになったのです。
母親や父親との関係が、
その他のすべての人間関係に影響を及ぼしているということは、
かなり前から言われています。
人間関係に悩んだら、
両親との関係がどうだったかを、
一度見直してみるといいでしょう。
ジェーン・フォンダは母親が亡くなってから、
何十年間と、
母という病に苦しみました。
あなたは、
そんなに長く苦しまないで、
早目に解決してくださいね。
(高橋フミアキ)