ショート小説/最後のコテメン


私は高校入学後、すぐに剣道部に入部した。

理由は、テレビドラマで悪人をバッタバッタとなぎ倒す正義のヒーローみたいになりたかったからだ。

そんなノリで入部したまでは良かったのだが・・・。 放課後は夜6時まで練習、学校が休みの日も朝から部活。夏休み、冬休み、春休みも朝から稽古。まさに「剣道漬け」の日々になった。

おまけに先輩たちが鬼みたいに怖い。

最初の6ヶ月は道場の裏で素振りばかりやらされた。毎日2時間、「イッチ、ニッ、サン、シ」と号令をかけながら竹刀を振り続けると、だんだん腕や足が痛くなる。

しかし、素振りのペースが少しでも落ちると監視役の先輩から

「もっと、ちゃんとやれ!」と、ゲキが飛ぶ。

何度も「やめたい」と思った。  

 

やがて時はたち、2年生になった。

私はいつもの様に準備運動のつもりで軽く素振りをしていた。すると、後ろから声がかかった。

「おまえは『コテメン』がいいぞ。もっと『コテメン』の技を磨け」 声の主は、就任したばかりの丸山コーチだった。

「おまえの『コテメン』は、他の部員より型がきれいだし、振りのスピードが速く見える」

しかし、私はその言葉に「はあ?」という感じでほとんど耳を傾けていなかった。

にもかかわらず、彼はおかまいなしに毎日、私を捕まえては言うのだった。 「何で、今の試合稽古で『コテメン』を出さないんだ。いいチャンスだったのに」

あまりにもしつこいので、最後にはあきれはててしまった。

と同時に、私はこう考えるようにもなっていた。

「もしかしたら本当にいいのかも」

私はとにかく強くなりたかった。

「剣道初段」の肩書きは欲しいし、団体戦のレギュラーの座を獲得したい。ここはコーチの言葉を信じてみることにした。

「よおーし、こうなったら『コテメン』の技を磨こう」

私はそれから、「コテメン」「コテメン」と心の中で呟きながら、一生懸命稽古に励んだ。

試合稽古のときも、数少ないチャンスで「コテメン」技を積極的に出していった。

するとその成果は徐々に現れていった。その年の秋には初段審査に合格し、更には同じ頃、団体戦のレギュラーポジションを獲得した。  

 

3年生になった6月上旬、「高校体育大会・県予選」がおこなわれた。

私たちの高校はこれまでは、1回戦で負けちゃうような「弱い」チームだった。

ところが、この日は違っていた。

なぜか最初から調子よく3校に勝ってしまったのだ。こんなことは剣道部創立以来初めてのことである。  

そして、4校目との試合になった。

しかし、この高校は毎年県大会で上位に名を連ねる強豪だ。これまでのように「マグレ」で勝てる相手ではない。

この対戦に勝った方がベスト8に進出となる。 私の対戦相手は、かなり積極的な攻撃型タイプだった。今大会の対戦成績は「3戦全勝」。相手もかなり好調のようだ。対戦カードを見たとき、これはとても勝てそうにないと思った。

「まいったな」 そのうち、いよいよ私の出番がまわってきた。気落ちしてマゴマゴしていると、

「木村、いってこい! 得意の『コテメン』を出してこい」

丸山コーチが私の背中をポンと叩いた。

私は、気合を入れるために大声で返答した。

「よしっ!」

試合が始まった。と同時に相手は積極的に間合いを詰めてきた。

 

「メン!」

「ドウ!」

「コテ!」

少しでもスキができると、次から次へと技を繰り出してくる。

私は、技をなんとかかわすのがやっとだった。

 

「これはまずい。どうすればいいんだ?」

あまりにも早い先制攻撃にとまどっているうちに

 

「メーン!」

 

1本目は、ふいをつかれ、先制されてしまった。

 

「しまった。もう、後がない」

もう1本取られたら「負け」である。

剣道は3本勝負で2本取った方が勝ちなのだ。

「ふーっ」

私は気持ちを切り替えるため大きく深呼吸した。

しかし、その時直感が閃いた。

「この勝負は勝てる。私には『コテメン』があるじゃないか」

すると、急に心が冷静になった。

試合が再開された。と同時に、相手がふっと腕を上げた。

 

その瞬間に、

「コテ」

2本目は、私の放った技がアッサリと決まった。

 

「よしっ。これで試合はふりだしだ。そして、この勝負は絶対に勝つ!!!」

私の決意は、ますます強固になった。

最後の勝負だ。相手はこれまで以上に早い攻撃でどんどん技を仕掛けてきた。

「メン!」

「ドウ!」

「メン! メン!」

機関銃のように打ちまくっている。

スキがあろうとなかろうと、もうおかまいなしだ。

「相手は、相当あせっているな」

私の心はどんどん冷静になっていった。

相手の攻撃が更に勢いを増して襲い掛かってくる。私はなんとかつばぜりあいに持ち込み、怒涛のごとく繰り出される相手の技を防御するのが精一杯だった。

ここは何とか凌いで、攻撃の機会をうかがうしかすべはない。

でも試合終了時間は刻々と迫っていった。 やがて激しい競り合いの末、彼女が私の身体にもたれかかってきた。

一方的な攻撃で相当疲れていたのだろうか。

 

「えいっ!」

私は力強く押し返してそれを払いのけた。すると押された反応で相手は力なくフラフラとよろけていった。

そのスキを私は見逃さなかった。

技を決める間合いも十分だ。

 

そして、スローモーションのようにゆっくりと技を打ち込んだ。

「コテ、メン!」

審判の旗がパッと、3本いっせいに上がった。

 

「勝った!」

私は退場後、ヨロヨロとその場に座り込んだ。

面をはずすと、試合中の緊張感が一気にほどけた。

そして、なりふりかまわず大声で泣きじゃくった。

 

「勝ったー。勝ったよー!」

あとは言葉にならなかった。

つらい練習に耐えてきた2年あまりの時間は、すべてバラ色の時間に変わったことを感じた。

 

一緒に戦ったメンバー、応援してくれた同級生、先輩、後輩、皆、お互いの肩を抱き合って泣いていた。

 

「よくやった」

丸山コーチが私に寄ってきた。そして私の肩を叩きながら静かに言った。

「最後の『コテメン』よかったぞ」

 

(了)