夢と現実の狭間
伊達桜花
別れるか、このまま暮らすか。
私は悩んでいた。
悩むあまりに夕食のパスタを作る手が止まる程だ。
焦げ臭い匂いがして我に返り、慌ててフライパンを揺すった。
私の住むワンルームのアパートに恋人の智が転がりこんできてから、二年。
昼は実家の土建屋で働き、夜はレンタルショップでアルバイトをしている智の手取りは月五万ほど。
稼いだ金のほとんどを借金の返済に当てていた。
起業する、絶対幸せにするから。
彼の言葉を信じた。好きだったから。
とにかく彼から離れたくなかった。
ふたりで夕飯を食べながら夢を語り合った。楽しかった。豪華な邸宅、贅沢な食事、世界旅行……。
これが現実になったらと思うとワクワクした。
と、同時に生活の一切を自分が賄っている現実に疲れを覚えていた。
智は一度も生活費を入れない。そのくせ好き嫌いが多くて、献立作りに苦労していた。家事もほとんどできなかった。
お金が足りなくて、昼間の仕事の後に居酒屋のバイトも始めた。
気分転換にはなったが、疲れて帰ってきても智は携帯を弄り続けていて、おかえりの声もどこか素っ気ない。本人曰く人脈作りと言っていたが、私には何も話してくれなかった。
そんなある日。
仕事から帰ってきた私は、郵便受けに入っていたクレジットカードの請求書を袋から出した。
見覚えのない請求がある。
一回の請求額は二、三千円と多くないが、複数回同じ請求先になっていた。
「やだ、これおかしい。使った覚えがないのに……」
私はひとり、呟いた。
寝転がりながら携帯をいじっていた智は
「どうしたの?」
と振り返る。
「これ見て。記憶にない請求があるの」
私は請求書を智に見せる。すると、彼の表情が固まるった。
「俺が電話しておくから、預かるよ」
智が私の手から請求書を奪い取るようにして自分の手の内にしまった。
「大丈夫、君は何も心配しなくていいよ」
そう言う彼の笑顔は、ちょっと不自然だった。
この時、私は悟った。
そして、心は定まった。
半年後。
智が借金を返し終わったのを見届けてから、私は最低限の荷物と共に実家へ帰った。
家具も生活道具も全部智にあげた。
何もかも捨ててしまいたかったのだ、彼に関わるものは持って居たくなかった。
共通の友人から智が新しい勤め先で売上金を横領し、クビになったと聞いたが、今更何も言う気もしなかった。
さようなら。
私は黙って携帯のアドレスから智の名前を消去した。
(了)
桑山元 (水曜日, 16 9月 2015 20:56)
「B」
描写がリアルで身につまされました(笑)
描写がリアルなだけに、ラストに予想を上回るどんでん返しをつい期待してしまいました。
リンカ (月曜日, 07 9月 2015 13:38)
A
切ないラブストーリーですね。主人公の心の葛藤が上手く描かれていると思いました。個人的には、最後に智が起業して成功し主人公を迎えに来る、ハッピーエンドだといいなぁなんて思っちゃいました。