『滴り落ちる冷麺の中で』
RAIZO(ライゾウ)
ガコン。
ケイコが朴(パク)の股間を蹴り上げたのは、大久保の韓国料理屋での晩だった。
「アンタが私を一生、大事にするって言ったから覚悟、決めて産もうと思ったのに、そのアンタが、今更、クニヘカエリタイって、どういうこと?」
完全にケイコは何かがぶっ壊れていた。
こんなケイコの哀れな姿は予想外だったが、しばらく呼吸のできなかった朴の悪戯心には更に火がついた。
「カエリタイカラ、カエリタイダケダ」
瞬間、ケイコがぶん投げた冷麺の皿が朴の顔面に直撃する。
朴の額から垂れ落ちる縮れ面とキムチ。
おまけに鮮血まで混じりやがる。
演出としては、ちょっ過剰だったかな・・・。
消えゆく意識の中で朴は、額に残る麺で拭い、その手を左ポケットに入れ、ゆっくりと小さな箱を取り出す。
「なによ、コレ?」
錯乱状態のケイコは小さな声で呟く。
「・・・ケッコンシヨウ」
そして、力尽きた朴は顔面からテーブルにうつ伏した。
ケイコはまだ事態が飲みこめていなかった。
(了)