ニトリの経営戦記

『落ちこぼれでも成功できる/ニトリの経営戦記』 大下英治


家具の販売で日本一になったニトリ。


26期連続増収増益記録日本一。

就職したい企業ランキング、流通業界1位。


2012年での店舗数が300店。

売上は3,488億。


2017年までに500店を目指しているそうです。


創業者の似鳥昭雄さんの原点は、

27歳でアメリカへ視察旅行したときのことです。


似鳥さんは、

アメリカの家具店に並ぶ家具の価格の安さに驚き、

売り場面積の広さに驚き、

その品質の高さに驚きました。


それで


「日本人の生活レベルを欧米並みにしたい」


という志が生まれたのです。



1号店をオープンして4年目のことでした。


家具屋をはじめたのは、

23歳。


大学を卒業し、

プロの歌手を目指したり、

広告代理店に入社したり、

土木作業員になったりします。


職を転々し、

最後に、実家の北海道へ戻ります。


そこで考えました。


「何でもいいから、年中働くことができて、

若い人が来るような商売をしよう」


実家の周辺には、

肉屋、魚屋、八百屋、薬屋と何でもありましたが、

家具屋だけがなかったのです。


そこで、親や銀行から100万円を借りて、


「家具屋をやろう」


と決めます。




1号店の看板には


「似鳥家具卸センター 北支店」


としました。


「北支店」として、

いかにもほかの場所に本店があるかのようにしました。


しかし、

家具はなかなか売れません。


素人がはじめた商売が、

そう簡単に軌道に乗るわけがありません。



ところが、

百百代さんと結婚したところから

一気に上昇します。


この奥さんが素晴らしい!


店舗の接客を百百代さんがするようになって、

急に売り上げが伸びるのです。


ヤクザまがいの客が来ても、

一歩も引かず接客し、


逆に上客にしてしまうほどでした。


百百代さんがいる場所は、

いつも明るく、

人が百百代さんの周りに集まって来ます。


クラブに亭主と行ったときも、

ホステスたちが百百代さんを取り囲んで、

悩みごとを打ち明けるのだというのです。


百百代さんは、

そういう女性でした。



奥様の百百代さんは内助の功についてこう言っています。



「内助の功はなにもしてないけどね、

自由にさせていただけよ。


毎日、飲みに行って、

お金をどんなに使ってこようが、

朝、何時に帰ってこようが、

私が何かを言ったことは、

本当にないの。


うるさくなかった、

それだけよ」


なるほど、


男は女性しだいで、

いくらでも大きくなれるという好例です。



(高橋フミアキ)