デビルカード

デビルカード


日高健一郎




「それではここに押印をお願いします」

と悪魔は言った。


「その前に、彼女の命を直接助けることはできないのですか?」


「できません。金銭の提供のみとなります」


「治療費はいくらまで使えます?」


「十億円です。このデビルカードを使えば自由に引き出せます。使い方は普通のキャッシュカードと同じです。治療以外の目的にも使用できます」

 疑わしい。


が、死に瀕している最愛の彼女に、最先端の手術を受けさせるには金がいる。

アルバイターで年収百万円の僕にはこうするしかないのだ。


それにしても、天涯孤独の若い女性を不治の病にするとは。

僕は神を恨んだ。


「引き換えは、死後の僕の魂だけでいいんですね?」


「はい。それでお客様は、この世からもあの世からも完全に消滅となります。天国へも地獄へも行くことはありません。我々の食料となります」

 僕は悪魔との契約書に判を押した。


 こうして僕はデビルカードとやらを手に入れた。

しかしこのカード、本当に使えるのだろうか?


 残高照会してみる。たしかに十億ある。



金を引き出してみる。


問題なく降ろせた。


その金で焼肉を食べてみる。


問題なく使えた。

 

もう少し使ってみよう。


キャバクラで豪遊してみる。


問題なく使えた。


これは本物だ。

 

僕は嬉しくなって、車や高級宝飾時計などを次々と買いまくった。


(しまった!)


 気付いたら一ヶ月が過ぎていた。


思わぬ大金を手にしたので、自分を見失っていたようだ。


悪魔の罠に。

ずっぽりとはまっていた。僕は、彼女のいる病院へと走った。


間に合ってくれ。


「来てくれたのね……ありがとう……会いたかったわ」

と彼女は弱々しい声で言った。


やつれている。


土のような色の肌。


息苦しそうだ。


「ゴメンよ。手術のためのお金を集めてたんだ。十分集まったから、これでアメリカへ渡って手術を受けよう。絶対助かるよ」

 

彼女は、小さく首を横に振った。


「ううん……もういいの……そろそろだわ。最期にあなたの顔が見れてよかった……ありがとう……」


そう言うと、彼女は静かに目を閉じた。


「おい、弱気なこと言うなよ!」

と僕は叫んだが、彼女は無反応だった。


「嘘だろ? 起きてくれ! なあ!」


彼女にすがる僕を、医者が引き離した。


彼女の目にペンライトで光を当てる。


時計を見てこう言った。


「十月二十三日十四時八分、死亡を確認しました」

悔やんでも悔やみきれない。


僕が馬鹿だった。

 

泣きながら彼女の名前を叫び続ける僕に、医者は一通の手紙を渡した。


「死んだら渡してくれと頼まれていました」


僕は手紙を受け取った。


びりびりと封を破り、中の便箋を取り出す。


涙でぼやけていた字が徐々に見えてくる。


そこにはこう書いてあった。




先に逝きます。ごめんなさい。

でもあなたに会えてよかった。

幸せな時間をありがとう。

さようなら。

 

追伸 あなたが生活に困らないように悪魔と取引しました。

じきにデビルカードというのが送られてきますので、それを使ってください。

お金で苦労してるあなただから、これが一番よいと思いました。


(了)



コメント: 5
  • #5

    のりっちょ (水曜日, 23 9月 2015 14:34)

    すごく面白いと思いました。デビルカードのシステムの発想自体がそもそも素晴らしい。こんなカードがあったら私も使いたい!契約までの過程も、死後のことも、もっと詳しく知りたくなりました(笑)
    オチがほんのり切ないところがまたイイと思います。

  • #4

    リンカ (土曜日, 19 9月 2015 17:33)

    なんか、現代版走れメロスみたいで面白かったです。日高さんの作品は、主人公がとっても人間臭くて個人的に好きです。

  • #3

    鈴木康之 (土曜日, 19 9月 2015 00:01)

    B
    ショート小説だから仕方ないかもしれませんが、主人公が遊びにお金を使って

    しまう葛藤をもう少し描けたらよかった気がします。

  • #2

    赤原充浩 (金曜日, 18 9月 2015 10:14)

    おもしろ〜い
    引き込まれました。
    発想も展開も落ちも全部楽しめましたo(^0^)o
    Aで〜♪

  • #1

    桑山元 (水曜日, 16 9月 2015 22:47)

    「A」
    実際、大金が入るとこんなもんかもしれないなぁ〜と己を省みる。
    なんのためのお金なのか、お金は幸せになるために使う道具であると気付かせてくれる深い作品に感じました。
    現代版・賢者の贈り物。