スターが町にやって来た
山口倫可
「どうしてわかってくれないんだよ!」
「おまえの考え方は甘い」
もううんざりだ。パパとおじいちゃんはここのところケンカばかりしてる。
パパはママと一緒にオシャレなレストランやるって言い出して、じいちゃんにお金を借りようとしてる。
「甘いって、この世界のことなにも知らないじゃないか」
「知らなくたって、おまえを見てりゃわかる」
「おれを見ててなにがわかるってんだよ!」
パパの甲高い怒鳴り声が、ミンミンゼミの音と一緒になって頭の中がジンジンする。
「やったこともない飲食の道で、そう簡単に成功するわけないだろう!」
ぼくたち一家は3年前に、パパの田舎のおこっぺ町に越してきた。
パパは東京で建築デザインの会社に勤めてたんだけど、5年前に独立したんだ。
でも、震災があってから不景気になっちゃって。
ここに来てからは、お家のデザインとかお店のデザインとかの会社やってたけど、そんなにお客さん来なくて・・・。
「だから、シェフは一流どころから呼んで・・・」
パパはここのところずっと、フードビジネス関連の検索ばっかりしてる。
「それが甘いって言うんだ。一流のシェフ呼んで成功するなら、みんなそうしてるさ」
「この町にない店を作りたいんだよ、オレは!」
「だいたい、おまえ達はバブルにまみれた生活から抜け出してないじゃないか。そんなヤツが新しい商売初めて上手く行くわけがない。おまえ、100万円で生活してる人の本を読んだか?」
「『年収100万円サバイバル生活』ってヤツだろ。オヤジ、年収100万っていったって、持ち家あったら一日の生活費2700円近くだぞ。独身でそんな金あったら、十分人並みに暮らせるよ! 団塊世代で悠々自適な生活してるオヤジには、オレの辛さはわからないと思うよ」
「人の金を借りてやることばっかり考えるな! おまえの、そういう他力本願な姿勢が納得いかんのだ」
「フン。まったく、父親なんて、遠きにありて思うもんだ!」
ぼくは、耳を塞いで地下に降りた。
ここに引っ越してくる前は、いつも夏休みに集まって、おじいちゃんとパパとボクで演奏を楽しんだ音楽室。
重い防音ドアを開けて電気をつけると、壁に掛かったギターとドラムが寂しそうに並んでた。
ぼくは、スティックを握り、久しぶりにドラムを叩いてみる。
3人でよく演奏したあの曲。
サビの部分を激しく刻む。
部屋の中をドラムの音が響きわたる。
そのとき、ぼくは、あっ! と思いついた。
(そうだ、テケテケのオジさんに頼んでみよう!)
その日、パパは公民館に向かいながら、
「おどろきだよなぁ、この町に彼らが来るなんて!」
とお友達に話しかけた。
「そうだよなぁ、なんでこんな田舎に?」
お友達の1人は、陽気にエアーギターをしながらパパに行った。
「最近、役場頑張ってホームページとか作ってるからな。大々的にコマーシャル打つのに、誰かが呼んだんじゃないか?」
「え~? おまえ、世界のベンチャーズだぞ、そんな簡単に来てくれるわけないだろ。誰か、知り合いがいんじゃないか、この町に」
「誰がだよ。ベンチャーズの知り合いがいたら、とっくに俺たち知ってるさ。ああ、どうでもいいけど、神様のお導きだよ、これは。俺は、この町にいて生きてるうちにベンチャーズのサウンドが生で聞けるなんて夢にも思わなかったよ!」
公民館に着くと、入り口にはお客さんが溢れかえってた。
開演のブザーが鳴ると、みんなワクワクしながら、あの瞬間を待つ。
照明が全部消え、ライトが舞台を照らす。
緞帳の向こうから、あのギター音が聞こえてくる。
「テケテケテケテケ・・・」
ぼくが大好きな曲、ウォーク・ドント・ランだ!
演奏の合間のトークタイムは、リードギターのドンさんだった。
「記念すべき公演の最後に、こんなに素晴らしいトコロに来られて、私たちはトテモハッピーデス。私たちが日本中を演奏して廻って、はや53年が過ぎました。いろんなトコロに行きましたが、このおこっぺ町の美しさはその中でもスペシャルです。青い海に抱かれた緑豊かなこの地に呼んでくれたのは、ある少年です。彼は、私たちの全盛期を知りません。でも、グランパやファーザーと一緒に音楽をやっていて、私たちのことを知ったのです。それはとても光栄なことです。音楽は家族を繋げます。音楽は世界を繋げます。言葉や習慣、世代の壁を越えて・・・」
ドンさんが話し終えると、会場に急にライトが当たった。
「ヒロシ、どこにいるの? 舞台に上がってきて!」
ドンさんが、こちらに向かって呼びかけた。
ぼくは、会場の中を一気に走り抜けて、ステージの階段を上がる。
「約束覚えてるね、ヒロシ。さあ、レッツエンジョイ! 毎日がエブリディだよ」
ぼくは、ドラムのおじさんからスティックを渡された。
ベンチャーズと一緒に演奏できるなんて!
ぼくは天にも昇る気持ちだった。
公演が終わって帰り道、ママが嬉しそうな顔をしながら
「ビックリしたわ、ヒロシ。どうやってベンチャーズの人たちを呼んだの? ドンさんの言ってた約束ってなんだったの?」
て聞いてきた。
ぼくは、どうしようかちょっと迷ったけど、フェイスブックでドンさんと繋がったこと、パパとおじいちゃんの仲が良くなるにはどうしたらいいか相談したことを話した。
「ボクがドンさんと一緒に演奏できるようにドラム練習したら、いいことを教えてくれるってメールくれたんだ」
おじいちゃんは、ボクの頭をグリグリ撫でながら、
「おまえ、なかなか上手かったぞ。さすが私の孫だ。また、一緒に練習しような」
と言った。
パパはぼくに小さな声で、ゴメンな心配させてと言ってから、
「おやじ、おれ、もう一度よく考えて見るよ」
とおじいちゃんに言った。
ぼくはなんだか嬉しくなって走り出した。
少し先に行って振り返ると、山に沈む夕日が、オホーツクの海に浮かぶ漁船を綺麗なオレンジ色に染めていた。
(了)
鈴木康之 (土曜日, 19 9月 2015 00:06)
B
なんとなく、結論が先にあって、その結論にたどり着くようにストーリー
を作ったようなきがするのですが・・・
桑山 元 (金曜日, 18 9月 2015 10:12)
「A」
ヒロシの語学力とか色々気になることはありますが……ありますがっ!!
そんなことは吹き飛んでしまう爽快感!!!!
強引なストーリー展開に引き回されているのが、むしろ快感♪
スターは夢を与える職業って言うけど本当だなぁとしみじみ思いました。
その対極としてのレストラン。夢を与えることを忘れかけて、自分のことばかりになっている、パパの新しい「職業」。
その対比と、ラストでそれに気づくパパも素敵でした。