小説『どっちが強い?』


『どっちが強い?』

 

だいのすけ

 2012年5月21日 腕時計を見ると18時30分だった。

 朝、曇り空をいいことに、肉眼で太陽で作った指輪のようなリングを僕は見た。両目は、鋭いプロボクサーのジャブを喰らったみたいにチカチカしてしまった。

 

 そう、この日は金環日食の日だった。

 

 ぶらり途中下車もいいかな? と思いJR根岸線石川町駅元町側で降り、諏訪神社方面に五分ほど歩く。暗がりの中ポツンと光る店へ僕は入った。

 

 十畳ほどの小さい店舗で壁は真新しい白いペンキで塗られていた。棚には50種類ほどのワインが並べてあった。店の名前は忘れてしまったが、店前によく出没する猫の毛並みから名付けられたそうだ。 

 

 先客ひとりが二つしかないの椅子のひとつに腰掛けていた。カウンターにはパスタを食べたのか空になった皿と2cmくらい赤ワインが入ってるグラスが置いてあった。

 

 先客は高そうな青のダブルのスーツに身を包み健康そうな黒い肌、白い歯が印象的な40代前半くらいの男性だった。

 

 もうひとつの椅子に僕は座った。喉が鳥取砂丘くらいカラカラだった僕はオススメのワインを注文した。ワイングラスが置かれ、シャー専用以上に真っ赤な液体がトクトクとリズミカルに注がれていった。

 

 まず、それを一気に空け、同じモノを僕はまた注文した。身体がポカーンと暖かくなる、アルコールが身体を巡っている証拠だ。至福の時だ。

 

 その時、先客が僕に話しかけてきた。ラジオで宣伝してて、この店に来たことや、週二回はスポーツクラブでボクシングして汗を流してることなど、そんな世間話をしていた。

 

 そう言えば、今日の金環日食を肉眼で見てしまいジャブを喰らったみたいに目がチカチカしてしまったことを僕は思い出し話した。そんな流れから『全盛期のマイクタイソンとモハメドアリは、どちらが強いか?』という話題になった。

 

「やっぱりタイソンでしょ? あのビーカブースタイルからの飛び込むような左フック! んで突き上げるような右アッパー、さすがのアリもタイソンのパワーとスピードにはついていけませんよ」

 と僕は言った。

 

 そして、iPhoneからYouTubeに繋ぎタイソンの左フック一発KOの動画を先客に見せた。

 

「いやいや、冗談はおたくの顔だけにしてくださいよ! そんなパンチはアリのスウェーで回避されちゃうし、華麗なステップで翻弄し、ジャブをどっちかの目に喰らわせ続けてお岩さんみたいに腫れさせるよ。ブサイクが余計ブサイクになるってやつさ。アリの代名詞である『蝶のように舞い蜂のように刺す!』は誰にも止められないさ」

 と先客も自分のスマートフォンからYouTubeに繋ぎ全盛期のアリの蜂のように刺すジャブの動画を僕に見せてきた。

 

 一瞬僕は怯んだが言い返した。

「その白い歯をイカ墨で真っ黒にして真っ黒な顔にコパトーンの一番白いの塗ってバカ殿みたいにしようか? いいかい、そもそもタイソンは顔と存在が凶器なんだよ! あと、俺の親父がトイレに行ってる間にKO見逃してから、タイソン戦ではトイレ行くのやめたんだよ! おかげで東京ドームの対ダグラス戦の時はトイレに行けず膀胱が破裂しそうになったんだよ! 俺の中ではタイソンの代名詞は『俺の親父の膀胱殺し』だよ!」

 

 その後、言い合いが低年齢化していき、やがて沈黙となった。

 

 と、そこに酔っ払った体脂肪35%くらいの30代前半くらいの男がニコニコしながら店に入ってきた。お腹はまるで臨月の妊婦を彷彿とさせるくらい膨らんでいた。頬の肉がありすぎるのかメガネがそこにめり込んでいた。ビシッとキメたリクルートスーツが余計に暑苦しく感じる。

 聞くところによると、会社の面接があって就職が決まったそうだ。だから、機嫌がいいのだ。店員がおめでとうと言った後、どんな会社に勤めるのか尋ねた。

 

 体脂肪率35%はゲームソフトを作る会社に就職が決まったらしい。しかも自分のゲームのアイデアを社長が気に入ってくれたとのこと。さらにどんなアイデアなのか聞いた。

 それは、モーションキャプチャーと呼ばれる人の動きをリアルに取り入れることのできるシステムを使うこと。格闘技のゲームで本物の人間が闘っているようにしか見えない。猪木対馬場の夢の対決もリアルに再現できるらしい。

 

 僕と先客は声を揃えて聞いた

「タイソン対アリはできるの?」

 

 体脂肪率35%は、おデコ、首筋の汗を拭いてから、右手親指を立ててこう言った。

 

「もちろん!」

 

 僕と先客は目を合わせゲラゲラ笑い体脂肪率35%と握手し『おめでとう』と言い、空のワイングラスを3つもらい、オススメの赤ワインを注ぎ、三人で乾杯した。

 

 

(了)