怪談・ただ、死を待つだけの男

 怪談・ただ、死を待つだけの男


 日高健一郎




公園のベンチに青年が座っていた。変である。

時刻は真夜中、午前二時だからだ。


 年寄りの朝は早いというが、今日はちょっと早すぎた。

いつもより二時間も早い。

暇をつぶすために散歩に出たところ、この青年を見つけたのである。


 青年は二十代前半で痩せ型。

うつむき加減に座っている。

薄暗い街灯が彼をぼんやりと照らしていた。


 自殺でもしようとしているのだろうか?


 距離があるので表情はうかがいしれないが、がっくりと肩が落ちているようにも見える。


 自殺だとすれば、首吊りだろう。

しかし、この公園には首を吊れるような木は生えていない。


 他に何かないかと見回すが、首を吊れそうな場所はない。


 首吊りでないとすると、飛び降りか? 

それとも焼身? 

入水? 

どれもできそうにない。


自殺ではなさそうだ。



 自殺ではないとすると泥棒だろうか?


 そういえば、ときおり辺りを見回すような仕草をしている。

服装も黒っぽく目立たない感じだ。


 公園のすぐそばには大きな屋敷がある。

この辺りでは有名な地主の家だ。

この家が完全に寝静まるのを待っているのかもしれない。

他にもターゲットになりそうな家はいくつかある。


 わしは、声を掛けようか迷った。

はっきりした根拠もないのに人を疑うのはよくないことだ。


 しかし、わしは隣町の警察署で事務や掃除のアルバイトをして生計を立てている。

月の収入は八万ほどだが、それでも広い意味での警察関係者だ。



 犯罪の可能性があるのにそれを放っておくわけにはいかないだろう。

見て見ぬ振りはできない性格でもある。


ただ声を掛けるだけなら問題ないはずだ。


 危険だろうか? 

青年の感じからすると凶悪な人間には見えない。


刺激しないように声を掛ければ大丈夫だろう。

なに、ただ一声掛けるだけだ。わしは青年に近づいて行った。


 途中、ふと思った。


 この青年はひょっとして幽霊なのではないだろうか?


 というもの、確か二、三ヶ月前にこの付近で二十代前半の男性自殺者が出たからだ。


 交際していた女に多額の借金を背負わされたあげく捨てられたらしい。

遺書には女への未練が綿々と綴られていたそうだ。


彼と女はよくこの公園で待ち合わせをしていたという。化けて出てもおかしくはない。


 青年の下半身に目をやる。気のせいかもしれないが、足が透けて見えた。


 突然、カラスがカァと鳴いた。

どきりとする。

びっくりさせやがって。

こんな時間に。不吉だ。


 わしはさらに近づいていった。

彼が私に気付いた。

ゆっくりと顔をこちらに向ける。

青白い顔だ。もう逃げるわけにはいかない。

ひんやりとした夜風がわしの首回りをなでた。


 わしは、青白い顔をした青年に向かって云った。


「こんばんは。ここで何をしているのかね?」


 青年は答えた。

「友達の忠志(タダシ)を待っているだけです」

 ……忠志を待つだけの男……ただしを待つだけの男……ただ、死を待つだけの男。



(了)





コメント: 1
  • #1

    リンカ (土曜日, 19 9月 2015 17:26)

    主人公のおじいちゃんが、ドキドキハラハラしながら好奇心と親切心で話しかけようとする姿が可愛かったです。
    オチのだじゃれが怖〜い。