この本を読みんさい/魔王

『魔王』
(伊坂幸太郎)

魔王とは何者でしょうか? 魔王とはどこにいるのでしょうか?
現代は悪者が見えにくくなっています。


多くの小説や映画で、政治家やお金持ちが常に悪者になってきましたが、
果たして彼らは本当に悪者なのでしょうか?
本書は、世の中の流れに立ち向かおうとした兄弟の物語です。


主人公は会社員の安藤。

交通事故で両親を早くに亡くし、
弟の潤也と二人暮らしをしています。


ある日、電車に乗っていたら、老人を差し置いて若者が
ふんぞり返るように座り、二人分の座席を一人で使用するという
非常識な座り方をしていました。
そのとき、「もし俺があの老人だったら」と想像し、
あの若者にぶつけるセリフを頭の中で叫んでみました。
すると、そのセリフを老人が若者に向かって怒鳴ったのです。
最初はただの偶然かと思っていたけれど、
何度か繰り返すうちに確信に変わり、自分が思った言葉を相手に
喋らせることができる『腹話術』という

不思議な能力があることに気付きます。

そのころ、犬養と言う政治家が注目を浴びます。
日々増大していく、犬養のカリスマ性とファシズム的な空気。
犬養の魅力的なスピーチで魅了されていく大衆の思考を安藤は
危険だと考えるようになりました。


このままだと、犬養の思うがままに誘導され、
いいように世間は解釈してとんでもないことになるのではないかと
安藤は犬養に危機感を募らせていくのです。
安藤は決心をして『腹話術』によって世の中の流れを変えようとします。
犬養を独裁者にさせないように。


政治・社会に対し不安を抱えている人が溢れている中で、
圧倒的な力を持った犬養のような独裁者が現れたら、
どうなってしまうのでしょうか。


閉塞感が強まると、人々は強い指導者を求めるようになります。
何も決定しない官僚主義的な政治にうんざりし、
英断即決で次々と政策を実現する独裁者を民衆は求めるようになるのです。
 独裁者を作ってしまうのは誰でしょうか? 
たとえば、今の日本を動かしているのは政治家? 官僚? 

それともマスコミ? 
いったい何なのでしょうか。
首相がコロコロと交代する国を、

いったい何が支配しているのでしょうか? 

 

本書に主題は、まさにそこにあります。
本書は二部構成になっていて表題作の『魔王』は安藤の話。
その五年後の姿を描いた『呼吸』は弟の潤也の話です。
兄とは正反対のタイプなのですが、潤也にも不思議な能力があり、
兄とは別の使い方をして世の中の流れを変えようとします。
合わせて読むと、感動がさらに深まります。

(文・浅加怜香)