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(4)願望テクニック)

私はどうしても○○○○○○○○したいと思った。

 たしかに、障害がある。

 ひとつは○○○○○○○○だ。

 ふたつは○○○○○○○○。

 みっつは○○○○○○○○。

 しかし、私は決して、決して、あきらめない。

 やるだけのことはやってみよう。

 ○○○○○○○○○○○○○○○○○○○。○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○。

 結果はこうだ。

 ○○○○○○○○。○○○○○○○○。

 

【文章例】

 ミナコは、どうしてもブラック企業をこらしめたいと思った。

 たしかに障害はある。

 ひとつは、裁判にかけるための費用がないことだ。

 ふたつは、ミナコには人とケンカした経験すらないこと。

 みっつは、そもそもひとりで大企業相手にケンカして勝てるわけがないこと。

 しかし、ミナコは決して、決して、あきらめない。

 やるだけのことはやってみよう。

 インターネットでブラック企業専門の弁護士と出会った。同じ苦しみの人とも出会った。ブラック企業を倒産に追い込んだ人から活動内容を聞いた。そして、自分にできることはすべてやった。

 結果はこうだ。

 ミナコの勤めていた会社の社長は解散を覚悟した。しかし、翌日から、ミナコを攻撃するいやがらせがはじまった。(306w)

 

 

 

 

コメント: 22
  • #22

    あいけん (月曜日, 07 7月 2014 21:31)

     私はどうしてもにんじんになりたいと思った。なぜならどんな病気でも直してくれる魔法の野菜だと本で読んだからだ。この野菜で寝たきりのお婆ちゃんの病気を直してあげられるかもしれない。
     でもにんじんが一体どこで手に入るのかがわからなかった。ならば私が人参になってお婆ちゃんを助けてあげるのだ。
     確かに障害はある。
     ひとつめは私が人間であるという事だ。
     ふたつめはどうやったらにんじんになれるのか分からない事だ。
     みっつめは私がまだ子供だという事だ。
     しかし、私は決してあきらめない。やるだけのことはやってみようと思った。
     私は国で一番偉い人のいる建物の前でこう叫んだ。
    「寝たきりのお婆ちゃんの病気を治したいんです。私をどんな病気でも治すにんじんにしてください」
     しかし、私は誰にも相手にしてもらえなかった。それどころか沢山の人が、建物の窓から私をもの珍しそうに見下ろしながら笑っていた。
    「まぁ汚らしい」「気でも狂ったんだろ?」「ほっておけ」建物の前を行き交う人は口々にそう罵った。
     そう思われるのも無理はない。私はスラム街の子だ。服はいつ洗ったかも分からない位汚れている。誰もこんな私の言葉なんて聞いてはくれないんだ。
     でも私は諦めずに何度も叫び続けた。大好きなお婆ちゃんを助けるんだ。
    「私をにんじんにしてください」「私をにんじんに…してください」声が擦れ、悔しくて涙も出てきた。「私をにんじんに…」
     すると、私の背中の方から声がした。
    「おじちゃんに詳しく聞かせてくれるかい?」
     振り返ると、全身深緑の服を着て、胸にお日様をつけた一人のおじさんが立っていた。

  • #21

    山口倫可 (水曜日, 02 7月 2014 14:05)

    「素懐」

    わたしはどうしても役者として成功したいと思った。

    たしかに障害はある。
    ひとつは、役者になって20年。もう48歳だ。
    ふたつは、劇団の中では未だに裏方仕事だ。
    みっつめは、今の収入では家族を養えない。

    しかし私は決して諦めない。やるだけのことはやってみよう。

    鼻持ちならないヤツだが、プロデューサーになった先輩に頼んでみた。
    「ムリムリムリ、おまえさ、フツーなんだよな。顔、つまんねーし」と一蹴された。

    プライドもかなぐり捨てて、大物役者になった後輩に仕事がないか頼んでみた。
    「今、ドラマ不毛時代で僕でさえあぶれてるんですよ」と断られた。

    オーディションにも落ちまくり、もうこれまでかと思ったとき、
    妻がある雑誌を私に渡した。
    そこには、インド映画の役者募集の告知があった。

    私は今、インド映画でジャパニーズヒーロと呼ばれ、
    大物役者として、充実した生活を家族とおくっている。

  • #20

    山口倫可 (水曜日, 02 7月 2014 14:05)

    「虹の向こう」

    私は、どうしても虹の向こうに行ってみたいと思った。
    たしかに、障害はある。
    ひとつは、そこへの行き方を私は知らない。
    ふたつは、そこに行くのにどのくらいの時間がかかるのかわからない。
    みっつめは、家族と別れなければならない。

    しかし、私はそこに行くのが夢なのだ。
    だから、決して決して諦めない。
    やるだけのことはやってみよう。

    虹が出た日、私は旅支度をして出かけた。
    森に入ると、カエルたちが
    「コノサキイクナラカエレズ」と合唱していた。
    川を渡ると、鯉たちが
    「ノボリハジメタラモドレス」と忠告した。
    しばらく歩くと、谷の向こうに虹が立っていた。

    虹を登り始めると、風は強く吹き始め、やがて嵐になった。
    私は何度も虹の橋から落ちそうになった。
    父や母や弟たちの顔が浮かんで悲しくなった。
    でも、前に進むしかない。

    結果はこうだ。
    私は虹の橋を降りて、見たことがない新しい世界についた。
    しかし、そこでは私は一番小さい生物になっていた。

  • #19

    浅加怜香 (水曜日, 02 7月 2014 06:12)

    『デート大作戦』

    私はどうしても遊園地でデートしたいと思った。
    ぼくは、遊園地で彼女とでデートすることが夢だったからだ。
    それには、障害がある。
    ひとつは、遠い場所にあるので、行くだけで疲れるから
    行くのを拒否されるかもしれない。
    ふたつめは、人気のアトラクションには長蛇の行列ができること。
    みっつめは、彼女は怖がりなので、ジェットコースターなどの絶叫系のアトラクションには乗れない。

    しかし、私は決して、決して、あきらめない。
    やれるだけのことはやってみよう。

    「楽しいし、非日常な雰囲気を味わいに行こう」と彼女を誘い、アトラクションの待ち時間中はずっと、彼女の話を聞いて、ぼくはひたすら聞き役になった。
    彼女の好きそうなアトラクションだけに乗り、
    「限定グッツが欲しい!」という彼女の
    ショッピングにも付き合った。

    結果はこうだ。
    遊園地デートは成功して、次のデートの約束も
    した。

  • #18

    山内たま (月曜日, 30 6月 2014 23:54)

    「叶わぬ恋い」
    私はどうしても、生涯を添い遂げたい相手がいる。
    それには障害がある。
    ひとつは、彼は代々歌舞伎役者の家柄で私のような一般庶民には高嶺の花だった。
    ふたつは、私は彼の稽古場の警備をしているスタッフの一人の男だ。
    みっつめの障害は最大で、私は犬だ。
    しかし、私は決して、決してあきらめない。
    私は今日もしなやかなで優美な姿で稽古場に入っていく彼に「きゅーん」と羨望のまなざしを送る。
    私はやれるだけのことをやるしかない。
    そんなとき、花束を投げ捨て、ナイフを持ち「私のものになってぇぇ」と奇声をあげながら彼に向かっている女がいる。私は無我夢中になって女へ吠え、歯をむき出して威嚇した。ひぃ・・・といいながら振りかざしたナイフが私の肩に刺さった。女は転げ警備員に取り押さえられた。私の肩からは血がボタリと落ちていた。
    結果はこうだ。
    私は命の恩人として、彼の家で片時も離れず過ごせることになった。傷跡は足に障害を残したが、彼が私の世話をしてくれている。いま、幸せに満ちている。

  • #17

    dainosuque (月曜日, 30 6月 2014 23:08)

     ワシはどうして彼女にプロポーズしたいと思った。
     たしかに、障害がある。
     ひとつは、養う収入だ。
     ふたつは、年齢だ。
     みっつは、体力だ。
     しかし、私は決して、決して、あきらめない。
     やるだけのことはやってみよう。
     年金だけでは稼ぎが少ないので、蓄えを投資にまわしたアドバイザーの言うとおりに行ったら、ワシに一億円の金が転がり込んだ。
     今年七十歳のワシは、ダンディな男性になるべくイタリアブランドの服を買いまくった。加齢臭を打ち消すような香水も付けた。
     体力をつけるために、スポーツクラブに通いパーソナルトレーニングを受けたんじゃよ。おかげさまで五十代の体力を取り戻したのじゃ。

     結果はこうだ。
     彼女にバラの花束を渡し、プロポーズした。彼女は笑顔で承諾した。しかし彼女の瞳の奥の怪しい光をワシは見逃さなかったのじゃ。

  • #16

    岡田那津子(おかだなつこ) (月曜日, 30 6月 2014 22:23)

    「僕の進む道」

    僕にはこんな問題があった。

    僕の命の綱のVISAがあと一ヶ月で切れてしまう。このままでは母国に帰らなければならない。でも、僕はその生まれ育った国に帰れないのだ。

    理由はこうだ。

    この国のVISAは僕らにとって延長を申請することがとても困難なんだ。

    さらに短期滞在で就労を禁止されているVISAで入国した僕は、居酒屋で不法就労をしている。今はばれてはいない。でも、申請中にでもばれたりしたら、強制送還は免れない。そして、二度と日本のVISAはとれないだろう。

    そして一番の問題は、国が国教と定めるもの以外の宗教の信者として迫害を受け、無我夢中で日本に逃れてきた僕にとって、国に帰ることは死を意味することになる。

    だから、僕はもう母国には帰れないのだ。

    どうしても戻りたくない。どうするべきか僕は考えあぐねいた上に、二つの案だけが残った。

    一つの案はこうだ。

    入国管理局に捕まるまで働き続ける。僕の事情を知っている同い年の店長は、いずれ自分が逮捕されるのを承知で僕を雇い続けてくれている。心苦しいが彼の優しさに甘え続けるのだ。

    もう一つの案はこうだ。

    難民申請をする。この国の難民申請は世界に稀にみる厳しさだとは分かっている。でも、一番全うで誰にも迷惑をかけることはない。

    VISAが切れるその時がきた。

    難民申請の相談をした店長が僕の知らない合間に、入国管理局に申請を許可するようたくさんの署名を集めてくれていた。そこには仲間もお客さんもそして僕の知らないたくさんの優しい人達の名前が連なっていた。僕は、この国に来てから初めて、いや、もしかすると人生で初めて嬉しくて泣いた。

    もう迷わない。僕は涙をぬぐいながら決めたんだ。僕は生まれ育って神を信じることを教えてくれた国と、僕に無償の優しさで希望を持つことの大切さを教えてくれたこの国に、真っ直ぐ向き合うことを決めたんだ。

  • #15

    夏来 みか(戸部みか) (日曜日, 29 6月 2014 21:04)

    「6年後」

     私はどうしても6年後の東京オリンピックまで
    生きていたいと思った。
    自分の子供が出場する、オリンピックを
    この目で見たいからだ。

     たしかに、障害がある。
    ひとつは、私は、西洋医学のお医者さまに、
    「できることはない」と見放されたガン患者であること。

    ふたつは、そんな体調の悪い中、「死んでもいいか」
    というあきらめの心がすぐに出てくること。

    みっつは、ガンの治療に方針が見いだせないこと。

    しかし、私は決して、決して、あきらめない。
    やるだけのことはやってみよう。

    ある日、コールドスリープ、身体を低温管理して、
    セットした時間に元の状態に戻る、
    という実験をしている、という団体の事を知った。
    私はその団体を訪ね、家族の理解を得て、
    6年後に目が覚めるように、コールドスリープ状態にしてもらった。

    6年後、目が覚めた。

    なぜか、オリンピックはシンガポールの開催となっていて、 家族の元へもどると、そこには、
    もう一人、私がいた。

  • #14

    佐伯 悠河(小林亜紀) (日曜日, 29 6月 2014 20:17)

    「はじめの一歩」

    私はどうしても起業したいと思った。
    確かに、障害がある。
    ひとつは資金だ。
    ふたつは人脈だ。
    みっつは知識だ。
    しかし、わたしは決して、決して、あきらめない。
    やるだけのことはやってみよう。
    決意した日から計画を立てて倹約し、こつこつ貯金した。クラウドファウンディングで自分のアイデアに対する出資を募った。会合やイベントに積極的に参加し、起業仲間を作った。様々な本やWebサイト、先輩たちから学び、必要な知識を学んでいった。
    結果はこうだ。
    クラウドファウンディングのプロジェクトが注目を浴び、大口出資者が現れた。そのお金で専門家を雇い、本格的な起業準備にはいることができた。右腕となってくれる頼もしい仲間もできた。
    ついに明日、私たちの会社が生まれる。

  • #13

    星野ゆか (土曜日, 28 6月 2014 18:44)

    『個展』

    幸彦は、どうしても芸術家として成功したいと思った。
    確かに3つの障害がある。
    1つは、周りに有名な芸術家がおらず、芸術家として成功した人の知り合いもいないこと。
    2つは、売れる芸術家になる方法を知らないこと。
    3つは、売れる芸術家には必ずスポンサーがついているが、スポンサーの探し方を知らないこと。

    しかし幸彦は決して、決して、あきらめなかった。
    やれるだけのことはすべてやってみよう。
    まず、都内で開催されている芸術家の個展を調べた。
    次に、スケジュールを調整して、ほとんどの個展に行った。
    そこで、幸彦が尊敬できると感じた芸術家と名刺交換をした。
    翌日、名刺交換した8人の芸術家に連絡をとり、食事に誘った。
    5人の芸術家と食事をして、売れるまでのエピソード等を聞き出した。
    そのうち1人の芸術家と意気投合し、1週間に1回は会うようになり、やがて芸術論を語り合う仲になった。
    彼女と親しくなってから半年後、彼女から「スポンサーを紹介したい」という話があった。
    幸彦は大喜びで、彼女のスポンサーに会った。

    結果はこうだ。
    応接室で紅茶を飲みながら待っていると、初老の男性が笑顔で現れた。
    「君が幸彦君かね?娘から君の話を聞いて早く会いたかったんじゃ。」
    幸彦がキョトンとしていると、彼女はウィンクしながらこう言った。
    「実はね、この会社はパパが創ったの。パパのおかげで私は有名になったの。幸彦君も条件を満たせば、パパの支援を受けられるわ。」
    条件とは、幸彦が彼女と結婚することだった。
    幸彦は戸惑ったが、大きなチャンスを逃すわけにはいかなかった。
    彼女と結婚した幸彦は、念願だった個展を六本木で開いた。
    個展は大盛況で終わり、幸彦は芸術家として成功したのだ。

    しかし、その成功は瞬く間に崩れ落ちた。
    幸彦の浮気が原因で彼女と離婚したのだ。
    それが彼女の父を怒らせることになり、新たなスポンサーすらつかなくなった。

  • #12

    まりこ(神田まり子) (土曜日, 28 6月 2014 02:49)

    晴美の恋

    晴美はどうしても上原の心をゲットしたかった。
    晴美は28歳の派遣社員。上原は隣の課の課長だ。38歳、イケメンの独身。複数の女性との噂がある。かまうものか。晴美は情熱の女なのだ。
    しかし、確かに傷害がある。
    一つ目、上原はロングヘアーの巻き髪の女性が好みらしい。晴美はショートヘアーだ。
    二つ目、上原は細目の女性が好きらしい。晴美はぽっちゃりさんだ。
    三つ目、上原は仕事の早い女性が好きらしい。晴美の能力は・・・お世辞にも早いとは言えない。しかし晴美は決してあきらめない女だ。
    晴美の努力が始まった。
    ロングヘヤーは、ただ伸ばすだけではだめだ。美しい髪をめざし、入浴時、寝る前の手入れを晴美はかかさなかった。ダイエット、もちろんすぐ実行だ。ジムに通って、食事もトレーナーのアドバイスを守った。仕事のスキル向上のために派遣元の研修を受けられるだけ受けた。毎日の仕事を上原の顔を思い浮かべながら、テキパキこなすことを心がけた。晴美の評価はあがっていった。
    仕上げの時が来た。晴美は七時半に出勤した。上原がこの時間に出勤して、一人仕事をしていることを調べあげていたからだ。エレベータホールに上原がいる。「おはようございます。」晴美はにこりと笑ってエレベータに乗り込む。髪を手で払いながら。前夜、晴美はシャンプーの最後のすすぎの湯にオードトワレを数滴垂らしておいた。爽やか系の少し甘い香りが髪の動きにつれてほんのり漂う。一日目はこれでOKだ。翌日も翌々日も晴美は七時半に出勤した。四日目、上原が話しかけてきた。「いつも早いね。仕事熱心だね。え、派遣の方なの。お名前を教えてくれないかな。」

    晴美は望んだものを手に入れた。上原の課に異動が決まり、上原のもとで働くようになった。ほどなく上原に誘われ、週末にはホテルで逢うようになった。
    それなのに、この虚しさは何なのだろう。
    ぼんやり歩いていた晴美は後ろから声をかけられた。
    「よう、晴美、どうしたんだ。仕事のしすぎか。早く結婚しろよ。おっと、これを言っっちゃあ、都議会議員だ」
    前の課の佐々木課長だ。ふっくら型の丸い体、丸い顔。眼鏡のおじさんだ。でも独身。おなかをゆすりながら笑う佐々木の笑顔を懐かしく眺めながら晴美は気がついた。このごろ佐々木の顔を見ないことが自分の心の物足りなさと関係があることに。

  • #11

    鵜養真彩巳 (土曜日, 28 6月 2014 00:04)

    「留学希望」

    私はどうしてもフランスに留学したいと思った。しがらみの多い環境から脱して、自分の力で自立しなければならない。
    確かに、障害がある。
    ひとつは、費用の問題。
    ふたつは、恋人に反対されている。
    みっつは、母親も反対している。
    しかし、私は決して、決して、あきらめない。できるだけのことはやってみよう。
    まずは資金集めのために、アクセサリーを作りネットで売り始めた。もちろん、それだけでは費用は足りないので、バイトもいくつか掛け持ちした。恋人や母には、私の決意や夢を伝えるために、自分がデザインした洋服を作って贈った。
    結果はこうだ。
    恋人は、私の熱意に納得してくれた。そこまで本気ならがんばってと言って、応援してくれた。アクセサリーのネット販売は上々、バイトもなんとかやり遂げ、留学の資金もたまった。しかし母だけは、ひとりっ子の私と別れることに、どうしても首を縦に振らなかった。
    「あなたにもしものことがあったら、ママは一体どうしたらいいの!」
    それで私は結局、母と一緒にフランスに行くはめになってしまった。嗚呼。

  • #10

    翔一(篠木謙一) (木曜日, 26 6月 2014 23:21)

    『脱獄』

    俺はどうしてもこの地獄のような刑務所から脱出したいと思った。
    こんな場所にいては、刑期を終える前に殺されてしまう。
    確かに障害はある。
    ひとつは、この牢屋からどうやって脱出するか。
    ふたつは、警備員の目をどうやってかいくぐるか。
    みっつは、建物を囲んでいる塀をどうやって越えるか。
    しかし、俺は決して、決して、諦めない。
    俺は同じようなことを考えている奴を何人か集め、建物の構造や警備員の巡回ルートなどの情報を共有した。そして、それらの情報から脱獄計画を立て、実行する日をひたすら待った。
    結果はこうだ。
    当初の計画通り、刑務所を囲む塀を登りきることができた。
    だが、刑務所の周囲が海で囲まれているのを知り、絶望した。
    ここへ連れてこられる際、窓が一切ないヘリコプターで護送された。刑務所の外がどのようになっているかなどの情報は一切なかったのだ。
    看守に捕まった俺たちを待っていたのは、以前よりはるかに厳しい仕打ちであった。

  • #9

    林夏子 (木曜日, 26 6月 2014 07:38)

    【理想の上司】
    私はどうしても憧れのK部長と付き合いと思った。40代前半で部長に出世している、わが社きってののエリート社員だ。
    たしかに、障害がある。
    ひとつは、そもそも彼は妻子持ちだ。
    ふたつは、彼は仕事が出来る上によき家庭人で、愛妻家、子煩悩として有名だ。
    みっつは、社内にもファンがたくさんいて、私はその他大勢に過ぎない。
    しかし、私は決して、決して、あきらめない。
    やるだけのことはやってみよう。
    チャンスは部長と二人きりでいく出張の帰り道。私は思い切って気持ちをぶつけてみた。
    「部長、好きなんです。付き合ってください。」
     結果はこうだ。
    「今のその気迫でどうしてお客さんにも迫れないんだ。今のなら絶対今日の相手も落ちたぞ。よし、もう一回やってみろ。」
    こうしてK部長は理想の上司であり続けた。

  • #8

    星野ゆか (水曜日, 25 6月 2014 00:27)

    『お金持ち』

    リナは、お金持ちの男性と結婚する夢をどうしても叶えたいと思った。

    確かに3つの障害がある。
    1つは、リナの実家はお金持ちではなく、そもそも周りにはお金持ちがいないこと。
    2つは、お金持ちと知り合いになる方法を知らないこと。
    3つは、お金持ちから好かれる女性のタイプを知らないこと。

    しかし、リナは決して、決して、あきらめなかった。
    やれるだけのことはやってみよう。
    まず、富裕層をテーマにした本を読みあさり、富裕層の特徴・考え方を勉強した。
    次に、富裕層とのつながりを持つために、富裕層が多いといわれる地域の家政婦派遣サービスに登録した。
    リナは秘書の経験があり家事が得意だったので、派遣先はすぐに見つかった。
    派遣先の家で働きながら、リナはお金持ちの言動・考え方・嗜好・友人の特徴をじっくり観察して『お金持ちの生態』への理解を深めていった。
    リナが派遣されてから1年経ったある日、派遣先の主人とマダムから富裕層が集まる交流パーティーへ誘われた。

    結果はこうだ。
    パーティーに参加したリナは、10人以上の男性から声をかけられ、6人の男性と交際を始めた。
    どの男性も素敵な人ばかりだったので、リナは6人の男性との恋愛を楽しんだ。
    そのうち『お金持ちの男性と結婚したい』という夢が薄れていった。

    リナは、ある決意をした。
    自分自身の経験をもとにした『お金持ちの男性と出会い結婚する方法』を執筆し、電子書籍として出版したのだ。
    一般的な書籍より10倍以上も高い価格にも関わらず、リナの予想をはるかに超えた申し込みがあった。
    そこでリナは、書籍を購入した人を対象にしたコンサルティングサービスを始めた。
    リナのきめ細やかなコンサルティングが人気になり、わずか1年でリナは富裕層の仲間入りを果たした。
    リナはお金持ちの男性と結婚するより、自分のビジネスでお金持ちになり自由に恋愛を楽しむ生き方を選んだのだった。

  • #7

    岡田那津子(おかだなつこ) (月曜日, 23 6月 2014 13:59)

    『幸せであるように』

    私はどうしても今すぐにでも政治家になりたいと思っていた。
    確かに障害がある。

    ひとつは、私はまだ30歳になっていない。後2年。これは時間が解決してくれる。

    ふたつは、無所属で新人。後ろ盾もなければ供託金の準備さえ難しい。

    みっつは、なにより私には戸籍がないということだ。私の母は最初の結婚でひどい暴力を受け命辛々逃げ出した。そして、私の父と出会い、私が生まれた。

    でも、前夫が離婚に応じず、私の出生届を出すと父の子ではなく見知らぬ男の子になってしまう。居場所も特定されて連れ戻されたらどうしよう。恐怖に心を縛られた母は私の出生届を出すことをあきらめざる得なかったのだ。

    戸籍がないということは日本の国民として認められていないということ。何とか周りの方の支援もあって中学校までは通うことができたけど、そこが限界だった。

    大人になっても選挙権は勿論、健康保健証もパスポートも私が日本人だという証明はなにもない。銀行口座一つも作れない。私はここにいるのに、ここにいないといわれているようなものだ。

    しかし、私は決して、決してあきらめない。できる限りのことをしてみよう。まずは、私のような無戸籍者の支援団体の人と何度も相談して、1年かけて母の前夫を探し出した。病に倒れ、小さくなったその人は、母へのせめてもの詫びの印だといって、離婚届けにサインをし、親子関係不在の訴えを起こしてくれた。裁判が終わった数日後、母と私に看取られて、その人は旅立っていった。人は変われるんだねと、母は一粒だけ涙を流した。

    四十九日がすぎた頃、母と私の父が晴れて入籍をし、私の出生届も受理された。私はやっと戸籍を手に入れた。私が私になった日だ。

    そして、1年後。30歳になった私は無戸籍者支援団体の方々や家族や友人といったたくさんの人々に支えられて、衆議院選挙に立候補した。

    結果はこうだ。何とか当選を果たした私は明日、初登院を迎える。小さな小さな力にすぎないことはわかっている。でも、私みたいな苦しみを受ける人をこれ以上増やしてはいけない。いつか、いつか私が変えてみせる。誰もが幸せであるように、この国を変えてみせるという思いを胸に、明日を迎えるのだ。

  • #6

    関根 雅史 (筆名:石賀 次樹) (水曜日, 18 6月 2014 16:43)

     『ワールドカップ優勝』 (願望のテクニック)

     彼は会社を辞めて、いまブラジルに来ている。サッカーW杯の日本代表を応援するためだ。

     彼はどうしても日本代表に優勝してほしいと思っていた。そのためにも初戦のコートジボワールにはぜひ勝利しておきたい。

     もちろん、そう簡単に勝てる相手ではない。
     なぜなら、前回の親善試合では0対2で負けている。
     そして、日本期待の本田選手がまだ本調子ではない。
     そのうえ、相手チームにはドログバという怪物選手がいる。

     しかし、彼はもちろん諦めない。全身全霊で応援した。
     
     結果はこうだ。
     日本代表は1対2でコートジボワールに逆転負けを喫した。

     彼と日本のサポーター仲間は、意気消沈した。それでも応援で散らかしたスタンドのゴミをきれいに片付け、会場を後にした。

     翌日、世界中の新聞各紙が、日本のサポーターのマナーの良さを絶賛した。ある新聞は、「サポーターに関しては、日本がこのワールドカップの優勝国だ」と報じた。

     次のギリシャ戦に向けてのインタビューで、日本代表のザッケローニ監督は言った。
    「我々には世界一のサポーターがついている。必ず勝利する」


  • #5

    高山雄大(髙荷一良) (水曜日, 18 6月 2014 11:22)

    「在宅介護の道」

    私はどうしても認知症の両親の介護を家で続けたいと思った。
    確かに障害がある。
    ひとつは、築30年のこの家だ。木材を使った和風の家なのだが至る所に段差がある。
    ふたつは、母親が財布がないと言って訴えてくることだ。ここにあるよと言ってもそれをしまいこんで保管場所を忘れてしまう。しまいには親父がとったと言って夫婦喧嘩が始まる。
    みっつは、私の仕事だ。家を6時に出なくてはならないし、帰宅は20時をまわることもしばしばだ。その間誰も家にいない。

    しかし、私は、決して、決してあきらめない。
    やるだけのことはやってみよう。

    この状況をまず知ってもらわなければならない。ではいったい誰に相談すればよいのだ?
    会社の同僚?あまり家の内情は知られたくない。
    近所のおばさん?しまった誰も知らない。
    親戚?最近付き合いないなぁ。
    こうなったら仕方がない。ご利益があるという街の神社に行ってみよう。

    結果はこうだ。
    玉串料が必要だというので一番高額なお金を支払った。するとかわいらしい巫女さんが出てきて
    「そなたの願いをかなえてやろうぞ」
    とのご託宣が。
    「宜しくお願いします」とお辞儀をして家に戻ってほどなく
    「こんにちは」
    の声がする。その声の主は先ほどの巫女さんだった。
    「あれっ、あなたは?」
    「あなたの介護のお悩み解決します、でおなじみの 株式会社神社Ladies、通称、神社エ~ルのケアマネージャーでございま~す」
    胸には鳥居の社章が輝いていた。

  • #4

    関根 雅史 (筆名:石賀 次樹) (土曜日, 14 6月 2014 19:44)


     『自分の風に乗れ』

     私はどうしても空を飛びたいと思った。
     たしかに、障害がある。
     ひとつ目は、まず自分の風を見つけなければならいなこと。
     ふたつ目は、その風のことを心の底から信じなければならないこと。
     みっつ目は、鳥神の崖から飛び降りなければならないこと。
     これまでに空を飛びたいと思ってチャレンジした何人もが、ひとつ目とふたつ目の障害をクリアせずに崖から飛び降りて命を落としている。

     しかし、私は決して、決して、あきらめない。
     やるだけのことはやってみよう。
     私は、過去に空を飛んだことがあるという老人を訪ねて、アドバイスをもらった。
    「自分の風を見つけるには、毎日崖に行って五感を研ぎ澄ませて感じるんだ。それを続けていると、やがて第六感というのが心の底から湧き上がってくる。その第六感が自分の風を教えてくれるのだ。どれくらい続けると第六感が現れるかは、人によって様々だ。肝心なのは辛抱だ。続けてさえいれば誰でも必ず第六感は湧き上がってくる。そもそも、誰もが持っている感覚なのだから」と老人は教えてくれた。
     私は来る日も来る日も崖に行き、風に向かい合いながら老人に言われたとおり五感のひとつひとつに神経を集中させた。
     崖に通い始めて5年が過ぎたある日、突然、目の前の風がそれぞれに個性を持つものの集合体であることがわかり、その個々の境界がはっきり見えるようになった。そして次第にその中のひとつの風が薄いオレンジ色に輝いていることに気づいた。「こっちにおいで」と私はその風に言った。風はスーッと私の目の前にやってきた。 「君が私の風だね」と私が言っても、風は何も答えなかった。しかし、私はそれを確信した。そして私は心の底からこのオレンジ色の風のことを信じた。

     いよいよ決断の時がきた。
     私は鳥神の崖の端に立ち、自分の風を呼び寄せた。崖の地面より1mくらい低いところで風は漂っている。私は何の迷いもなく風の上に飛び込んだ。

     結果はこうだ。
     私と一体になった風は透明な羽衣に変わり、私は空気の上を滑るがこどく自由に空を飛びまわった。

    (了)

  • #3

    関根 雅史 (筆名:石賀 次樹) (土曜日, 14 6月 2014 19:41)


    『マッチポイント』 

    「全日本卓球選手権」、女子の部決勝のマッチポイント。

     由美はどうしても優勝したいと思っていた。このポイントを取れば、彼女は念願のオリンピック代表になれる。

     しかし、この1ポイントをゲットするのは、そうたやすいことではない。
     ひとつ目の理由は、相手が彼女の苦手とするカットマンであること。
     ふたつ目の理由は、今度のサーブ権が相手にあること。
     みっつ目の理由は、今日の試合の大事なポイントで、由美はことごとく相手にサービスエースを取られていること。

     しかし、彼女は絶対にここで勝負を決めると心に誓った。
     
     結果はこうだ。
     相手のカットサーブはこの試合で一番のキレがあった。イレギュラーな回転をして、由美はラケットに当てるのが精一杯だった。彼女が返した球は大きく弓なりの弧を描き、相手にとっては完全にスマッシュのチャンスボールだ。
     しかし、球は相手側の卓球台のエッジを軽くこすると、ストンと下に落ちた。

    (了)

  • #2

    関根 雅史 (筆名:石賀 次樹) (土曜日, 14 6月 2014 19:39)


    『フェニックス』 
     彼はどうしても今度の国際ピアノコンクールで優勝したいと思っていた。

     たしかに、障害がある。
     ひとつ目は、周囲の誰もが「お前には絶対無理だ」とネガティブ言葉を浴びせること。
     ふたつ目は、ちまたでは天才と言われているライバルがいること。
     みっつ目は、練習のしすぎで腱鞘炎になり、ドクターストップがかかっていること。

     しかし、彼は決して、決して、あきらめない。
     やるだけのことはやってみようと、彼はかたく決心した。
     まずは、ネガティブ言葉を浴びせる連中との縁を切った。また、自分に集中するため、ライバルに関する情報を一切遮断した。
     そして、腱鞘炎対策のため特別にあつらえたサポーターを着けながら、彼は毎日10時間以上の猛練習をした。

     いよいよコンクールの当日を迎えた。
     彼は自分の出番になると無心で鍵盤に向かい、課題曲を最後まで弾ききった。

     結果はこうだ。
     彼は優勝どころか予選落ちした。そして彼の手は、もはやピアニストとしては使いものにならないほどボロボロになっていた。

     それから20年後。

     彼は今、以前自分が挑戦したピアノコンクールの審査員席に座っている。
     あれから彼は作曲家へと転身し、巨匠と呼ばれるまでに大成していた。
     今回の課題曲は、彼がこのコンクールのために特別に依頼されて作曲したものだった。

    (了)



  • #1

    蘭子(アキコ) (金曜日, 13 6月 2014 18:02)

    私はどうしてもライターとして仕事をしていきたいと思っていた。

    障害はいくつかある
    ひとつは
    私が最も好きなフード系は、ベテランといえるライターが大勢いること。
    ふたつめは、
    ライターだけでは食べて行けずアルバイトもしているため、時間的制約があること。
    みっつめは、
    年齢がすでにアラフォーで、若い女性向けのライティング依頼が来なくなったこと。

    しかし、ライターの仕事は私の夢だった。
    決してあきらめたくないのだ。
    やるだけのことはやってみよう。
    そう決意したある日のこと

    編プロの上司がランチに誘ってくれた。
    「あのさ、吉田さん。
    ちょっと言い難いだけど、もうそろそろ腹を括って、今と違うジャンルに行かないと頭打ちになるよ」
    「分かっているんですけど、どうして良いのか・・・」

    彼が提案する仕事は、
    女性向けアダルトグッズのライター。
    アダルトグッズのニーズは、アラフォーからアラフィフがメインだそうだ。
    そこで私にどうかと提案してくれたのだ。

    え・・・。しばらく言葉がうまく出て来なかった。

    結果はこう、
    私は今からネットで知合った男性と、
    ラブホテルに行く。
    そこで、いろんなアダルトグッズを試してみるのだ。

    自分が試したもの、使ったもの、行ったお店のことしか書かないというのが私のポリシー。
    アダルトグッズだからと言って、ポリシーを変えるものか。

    そう言いわけをしながらも、
    ワクワクしている自分がいた。