ヘミングウェイ


  

ヘミングウェイは、戦い続けた勇敢な作家です。


少年期は母親の愛に飢えていました。

 

1899年シカゴ郊外のオーパークで生まれますが、
母親は男の子は嫌いだったようです。

 

だから、
ヘミングウェイは4歳まで
女の子の服を着せられていました。

 

大きくなって母親とは絶交状態になり、
その確執は最後まで続きました。

 

 

19歳の時に赤十字の運転手として
第一次世界大戦のヨーロッパ戦線に向かいます。

 

そこで爆撃に遭い、
全身に200以上の爆弾の破片が刺さる大けがを負います。

 

第2次世界大戦中のヨーロッパでは
新聞記者であるにもかかわらず勝手に軍事行動をとって
軍法会議にかけられています。

 

戦場では一歩も引かない勇敢な戦士だったようです。

 
4人目の奥さんの
メアリ・ウェルシュが子宮外妊娠で死にかけたときに
ヘミングウェイは、

若いインターンが経験不足で
メアリの命を救うのをあきらめてしまってからも、

戦場で得た知識で輸血処置を行い、
メアリを救いました。

 
ケニアでの狩りを終えたヘミングウェイ夫妻が
現地から帰る途中、
セスナ機が電線に引っかかって不時着します。

 

大きな怪我はなかったのですが、
捜索隊に救出された後、
今度はその救出機が離陸に失敗し大破してしまったのです。

 

この時、
ヘミングウェイは
頭蓋骨骨折、内臓損傷、脊椎損傷など
瀕死の状態です。

 

幸い命は救われましたが、
死ぬまでその後遺症に悩まされることになります。
 
1954年、
ついに念願だったノーベル文学賞を受賞することになりましたが、

 

ヘミングウェイは体調が回復しなかったため
式典に出席しませんでした。
 
戦い続けた勇敢なヘミングウェイでしたが、
たったひとつだけ、

 

勝てない相手がいました。

それは、

 

 

 

 

 

自分自身です。

 

 

 


晩年
ヘミングウェイは体調不良に悩まされ、
新しい作品が書けなくなります。

 

ヘミングウェイは精神的に追い詰められ、
うつ病となって精神病院に入院します。

 

 

退院してからもうつ病に悩まされ続け、

 


ついに
1961年7月2日、
ライフル銃で
頭を撃ちぬき

 

この世を去ってしまうのです。

 


【心にしみる言葉】

 

人間は、負けるように造られてはいないんだ。
殺されることはあっても、負けることはないんだ。

 

Man is not made for defeat.
A man can be destroyed but not defeated.


by ヘミングウェイ


さあ、負けないで生きましょう。


ヘミングウェイは、自分に勝てなかったけど、
ダメな自分に負けない人が最も強く勇敢な人です。

 

 

 

(高橋フミアキ)