この本を読みんさい/アンナカレーニナ


幸福とは何か? どうすれば幸福になれるのか?


誰もが幸福になりたいと願っている。幸福になりたくない人などどこにもいないだろう。

 

地球上の人口は70億。70億の人が幸福を求めている。

 

しかし、

 

それを手にした人はあまりにも少ない。

 

それは、幸福とは何か、

 

あるいはどうすれば幸福になれるのかを明確に解き明かした教えを学んでいないからだ。

 

私はトルストイを読んだ。

 

「幸福な家庭の顔はお互い似かよっているが、不幸な家庭の顔はどれも違っている」とは、

長編小説『アンナ・カレーニナ』の冒頭の言葉だ。

 

ロシアの文豪トルストイの代表作である。

 

トルストイは幸福とは何かという命題に果敢に挑戦している。

 

私は思った。

幸福とは、外にあるのではなく、内にあるものだ。

 

私は『アンナ・カレーニナ』を読んで

「幸福とは外の敵と戦って得るものではなく、内なる敵と戦って得るものだ」

ということを学んだ。

 


アンナは恋に落ちた。

政府高官の妻であるアンナは、若い貴族の将校ヴロンスキーと運命的な出会いを果たす。

お互いに惹かれ合う2人。

 

不倫という神の掟をやぶってしまうアンナ。

 

美しいアンナを激しく求めるヴロンスキー。

 

そして、アンナの夫は世間体を気にして離婚に応じない。

 

アンナは世間を敵にまわした。

社交界にアンナの不倫騒動が広まり貴族たちはアンナを批難し敵視する。

 

それでもアンナは負けなかった。

自分の気持ちに誠実に生きたアンナを誰が裁くことができるというのか。

 

むしろ上辺だけの虚飾に満ちた貴族社会や、自分の気持ちとは逆の生き方をしている世間が裁かれるべきだ。

 

社交界はアンナをしめだした。

アンナとヴロンスキーは逃避行にでて、そののちはひっそりと2人で暮らし始める。

 

 

ここでリョーヴィンという男が登場する。

リョーヴィンの生き方がアンナと対比して描いてあるのだ。

 

地方貴族のリョーヴィンは、アンナの兄嫁の妹キチイと結婚し子どもをもうける。

 

田舎暮らしのなかで農民たちが互いに助け合って生活する姿をみて信仰に目覚めるのだ。

 

「人は他人や神のために生きるべきだ」

という思いにリョーヴィンは到り、幸せな生活を送る。

 

 

一方、アンナの生活は苦悩の連続だった。

 

嘘っぱちの貴族社会と決別したものの、ヴロンスキーとの生活は苦しいものだった。

貧しさに耐えきれず不満をもらし、ヴロンスキーの愛情が他の女性に移ったのではないかと疑うようになる。

 

不平不満、猜疑心、嫉妬といった感情をアンナは克服することができなかった。

 

 

つまり、アンナは内なる敵に敗北したのだ。

 

2人は、ささいなことで喧嘩するようになる。

口論の絶えない毎日だった。

 

 

あるときヴロンスキーと喧嘩して家を飛び出したアンナは、列車に身を投げるのである。

 

 


どうすれば幸福になれるのか? 

幸福とは、不平不満、猜疑心、嫉妬といった悪い感情に打ち勝ち、人を愛することで得られるものだ。

 

ところが、いくら人を愛しても、相手から愛されなかったら幸せにはなれないという意見もある。

 

 

たしかに、相思相愛のカップルが理想だ。

それこそ、本当の幸せといえるだろう。

 

しかし、この世に完璧な人間などどこにもいないのである。

欠点もあれば、間違いも犯す。

最初は愛し合っていたとしても、年月を経るうちに不満や嫉妬や疑いが生まれてくるものだ。

 

 

ならば、どうすればいいのか? 

欠点がない人、間違いを犯さない人を探しても見つかりっこない。

 

だから、欠点があっても、間違いを犯した人であっても、相手を許し愛していくしかないのだ。

 

 

そもそも幸福とは何か? 

不幸なことが一度も起きない人生のことを幸福というのではなく、不幸なことが起きても負けない力強い生き方のことを幸福というのだ。

 

 

いかなる障害にも負けない、強い心を持った人間だけが、幸福を手にすることができる、

 

アンナの死を通して、トルストイがそう教えている。